Drama
14 to 20 years old
2000 to 5000 words
Japanese
高校二年生の春、数学の授業中、高槻 湊（タカツキ ミナト）はいつも窓の外を見ていた。桜並木が風に揺れ、淡いピンクの花びらが舞い散る光景は、数列の難解さとは対照的に、彼の心をざわめかせた。
湊は数学が好きだった。数字のパズルを解き明かす時の高揚感、論理的な美しさに魅せられていた。将来は数学者になりたいと夢見ていたが、それ以上に、誰かに必要とされたいという渇望を抱えていた。
小学校の頃、湊には唯一無二の親友、瀬尾 陸（セオ リク）がいた。陸は明るく社交的で、誰からも好かれる人気者だった。湊にとって陸は、孤独な世界に差し込む一筋の光だった。しかし、その友情は、いつしか依存へと形を変えていった。
「陸がいれば、何も怖くない」湊はいつもそう思っていた。陸の隣にいれば、自分も輝ける、認められると信じていた。だが、湊の依存は次第に陸を束縛し、重荷になっていった。
中学に上がる頃には、陸は湊を避け始めた。湊がどんなに追いかけても、陸は振り返らなかった。ある日、陸に「お前、重いんだよ」と言われた言葉は、湊の心を深く傷つけた。それ以来、湊は他人との交友関係を極度に恐れるようになった。
高校に入学してからも、湊は一人でいることが多かった。誰かと親しくなろうとすると、過去のトラウマが蘇り、恐怖に支配された。そんなある日、彼はクラスの隅で静かに本を読んでいる少女、宮田 葵（ミヤタ アオイ）に目を奪われた。
葵はいつも控えめで、ほとんど話すことがなかった。しかし、その瞳には、どこか深い孤独が宿っているように見えた。湊は、葵に話しかけたい衝動に駆られたが、過去の経験から、一歩踏み出すことができなかった。
ある日、湊は図書館で数学の本を探していた。背の高い本棚の奥に、目当ての本を見つけたが、手が届かない。すると、葵がそっと近づいてきて、本を取ってくれた。
「ありがとう」湊は、戸惑いながらも礼を言った。葵は微笑んで、「数学、お好きなんですね」と尋ねた。その日から、湊と葵は少しずつ言葉を交わすようになった。
葵もまた、家庭環境に問題を抱え、依存的な母親との関係に苦しんでいた。彼女は、湊の孤独と脆さに気づき、放っておけないと感じていた。
湊は、葵と話すうちに、次第に心を開いていった。彼女は、陸とは違って、湊の弱さや不安を受け入れてくれた。湊は、葵と一緒にいると、過去のトラウマが薄れていくように感じた。
ある雨の日、湊は葵を駅まで送った。駅の改札の前で、葵は振り返り、湊に微笑みかけた。「また明日」という言葉と共に、葵の優しさが湊の心に染み渡った。湊は、その時、自分が葵に惹かれていることに気づいた。
しかし、それは本当に恋愛なのだろうか？ それとも、過去のトラウマからくる単なる依存なのだろうか？ 湊は、その感情の区別がつかなかった。葵に依存することで、過去の孤独から逃れようとしているだけなのかもしれない。そんな不安が、彼の心を締め付けた。
葵と過ごす時間が増えるにつれ、湊の心はますます複雑に揺れ動いた。数学の研究会で遅くなった帰り道、二人で公園のベンチに座り、星空を見上げていた。
「湊君は、将来、どんな数学者になりたいの？」葵が尋ねた。湊は少し間を置いて、「誰かの役に立てる数学者になりたい。僕の研究で、誰かの問題を解決できるような…」と答えた。
葵は静かに湊の言葉を聞き、そして言った。「湊君なら、きっとできる。湊君の数学に対する情熱は、本物だから」その言葉に、湊は胸を打たれた。葵は、いつも彼の可能性を信じてくれた。
しかし、湊の過去は、そう簡単には消え去らなかった。ある日、湊は街で偶然、陸に再会した。陸は、湊を見るなり、顔をしかめた。「お前、まだそんな顔してるのか」陸の言葉は、まるで過去の傷を抉り出すように、湊の心をえぐった。
陸は、湊の依存によって、自分の人生が狂わされたと思っていた。陸は、湊を激しく恨んでいた。そして、湊に対する復讐を企てていた。
湊は、陸との再会以来、再び自傷行為をするようになった。過去のトラウマが蘇り、自己嫌悪に陥った。彼は、自分が誰からも愛される価値がない人間だと信じ込んでいた。
葵は、湊の異変に気づき、心配していた。彼女は、湊を励まし、支えようとしたが、湊は心を閉ざし、葵を拒絶した。
ある日、湊は陸に呼び出され、人気のない場所に連れて行かれた。陸は、数人の仲間と共に、湊を酷い仕打ちをした。湊は抵抗したが、多勢に無勢で、抵抗虚しく倒れ込んだ。
意識が朦朧とする中、湊は過去の辛い記憶が次々と蘇ってくるのを感じた。自分はやはり誰にも必要とされない存在なのだと、絶望した。その時、葵の声が聞こえた。
「湊君！ 湊君！」葵は、湊を助けに駆けつけてきたのだ。葵は、陸たちに必死に訴えた。「やめてください！ 湊君を傷つけないで！」葵の勇気に、陸たちは怯み、逃げ出した。
葵は、倒れている湊を抱き起こし、「大丈夫？ 湊君、しっかりして！」と声をかけた。湊は、葵の温かさに触れ、涙が止まらなかった。
葵は、湊を自分の家に連れて帰り、手当をした。そして、湊の隣に寄り添い、静かに話を聞いた。湊は、過去のトラウマ、陸との関係、そして自分の依存心について、すべてを葵に打ち明けた。
葵は、湊の言葉を一つ一つ受け止め、そして言った。「湊君は、決して一人じゃない。私は、いつも湊君のそばにいるから」その言葉に、湊は救われた気がした。
湊は、葵の支えのおかげで、徐々に自傷行為をやめることができた。そして、過去のトラウマを乗り越え、新しい自分へと生まれ変わろうと決意した。
湊は、葵と共に、数学者になるという夢に向かって歩み始めた。二人は、互いを依存するのではなく、互いを尊重し、支え合いながら、共に成長していった。陸への恨みも少しずつ薄れていった。
卒業後、湊と葵は、同じ大学の数学科に進学した。二人は、困難な問題に直面しながらも、互いを励まし、刺激し合い、着実に夢へと近づいていった。そしていつしか湊は気が付いた、依存から始まった感情はいつしか本物の恋愛へと変わっていたのだと。
数年後、湊は国際的な数学コンクールで優勝し、世界的な数学者として認められるようになった。彼は、授賞式で、葵に感謝の言葉を述べた。「葵がいなければ、今の僕はなかった。僕の人生は、葵によって変えられたんだ」
湊は、過去のトラウマを乗り越え、恋愛と友情の大切さを知った。そして、誰かに必要とされることの喜びを、葵との愛の中で見つけたのだった。陸とのわだかまりは残るものの、過去に囚われず、前を向いて生きていくことを誓った。