Drama
21 to 35 years old
2000 to 5000 words
Japanese
目が覚めると、そこは見慣れない白い天井だった。どこかの病院だろうか?いや、違う。ここは…死後の世界だと、すぐに理解した。『僕』は、EPR97809、ショウと呼ばれていた。
現実世界での出来事は、まるで昨日のことのように鮮明に思い出せる。けれど、今の『僕』はもう、その世界にはいない。そして、転生することもできないらしい。
案内されたのは、死後の世界にある『療養所』。そこは、生きている世界とほとんど変わらない、静かで、少し退屈な場所だった。みんな穏やかで、優しい。けれど、どこか諦めているような、そんな雰囲気が漂っていた。
「あなたはここで、ゆっくりと過ごしてください。過去の辛い出来事から解放され、受容できるようになるまで。」療養所の職員は、そう言って僕を個室に案内した。
個室は簡素だった。ベッドと小さな机、そして窓がある。窓の外には、どこまでも広がる灰色の空が広がっていた。生きているときから抱えていた孤独感が、さらに増幅されたように感じた。
『死んだら楽になる』、そう思っていたのに…。死後の世界にも、死後の世界なりの苦しみがあることを知った。それは、死にたくても死ねないという、残酷な事実だった。
一日、また一日と、時間が過ぎていく。療養所での生活は、変わり映えのない日々だった。食事、散歩、睡眠。ただそれだけが繰り返される。誰とも話さず、誰にも会わず、僕はひたすら自分の殻に閉じこもっていた。
「成香といいます。少しだけ、お話しませんか?」控えめな声が、ドア越しに聞こえた。
(……断ろう。どうせ、何も変わらない)そう思ったけれど、なぜか、その声に惹かれるものがあった。「…いいよ」
ドアが開いた。そこに立っていたのは、微笑みを浮かべた若い女性だった。彼女の瞳は、まるで太陽のように明るく、温かかった。「初めまして、ショウさん」
成香は毎日、僕の部屋を訪ねてきた。無理に話を聞き出そうとはせず、ただ、僕の傍らにいてくれた。時には、彼女自身の話を聞かせてくれた。彼女もまた、辛い過去を背負っていたけれど、それを乗り越えて、前を向いて生きていた。
「ショウさんは、どうして療養所に?」ある日、彼女はそう尋ねた。僕は黙って首を横に振った。「…話したくない?」僕は頷いた。成香は無理強いしなかった。「いつか、話したくなったら、聞かせてくださいね」
成香と出会ってから、少しずつ、僕の心に変化が訪れた。閉じこもっていた部屋から、少しずつ、外に出るようになった。療養所の庭を散歩したり、他の患者さんと話したりするようになった。
ある日のこと、成香は僕を療養所の屋上に連れて行ってくれた。そこからは、広大な景色が見渡せた。灰色の空の下に広がる、緑豊かな大地。「綺麗でしょう?ここは、色々な想いを受け入れてくれる場所なんです」
その言葉を聞いて、僕はふと、自分の過去を振り返った。死因…。僕は、どうして死んでしまったのだろうか…?
「ショウさんは、自分の死を受け入れられていますか?」成香は静かに尋ねた。僕はまた、黙って首を横に振った。「…怖いんです。自分が、どんな人間だったのか、思い出すのが…」
「思い出さなくてもいいんですよ。ただ、受け入れるだけで。あなたはもう、死んでしまった。それは、変えられない事実なんです。でも、死んだからこそ、できることもあるはずです」
その言葉を聞いて、僕は初めて、自分の死を意識した。これまで、僕はただ、死んだという事実から目を背けていただけだった。 死んだことを、受け入れることなんて、考えたこともなかった。
「…受け入れる…」僕は呟いた。その言葉は、まるで魔法のように、僕の心を解き放っていった。
少しずつ、過去の記憶が蘇ってきた。愛する妻との出会い、幸せな結婚生活、そして、生まれた息子…。
しかし、幸せな日々は長くは続かなかった。妻は病に倒れ、亡くなってしまった。僕は悲しみに打ちひしがれ、生きる気力を失ってしまった。
仕事もうまくいかず、借金だけが膨らんでいった。将来への希望は完全に消え失せ、絶望だけが残った。
記憶が蘇った瞬間、激しい痛みが僕の胸を締め付けた。僕は、息子を、残したまま…。
「どうして…どうして、僕は…!」僕は、その場に崩れ落ちた。後悔、悲しみ、自責の念…。様々な感情が、僕の心を押し潰そうとした。
「大丈夫です、ショウさん」成香は、僕を優しく抱きしめた。「あなたはもう、一人じゃない。私が、ここにいます」
成香の温かさに触れて、僕は少しずつ、落ち着きを取り戻していった。「ありがとう…」
僕は、自分の罪を償うために、生きようと決意した。死後の世界で、できることを精一杯やろうと決めた。療養所の患者さんたちのために、ボランティアをしたり、悩みを相談に乗ったりするようになった。
時間があっという間に過ぎた。ある日、療養所の職員が、僕の部屋にやってきた。「ショウさん、あなたの息子さんが…」
「息子?…息子の遼太が、どうしたんだ?」僕は不安な気持ちで尋ねた。
「息子さんが、あなたの後を追おうとしている…」職員は、深刻な表情で言った。
「なに…!?」僕は、信じられない思いだった。遼太が、死のうとしている…?
僕は、急いで療養所の屋上に向かった。成香も、僕の後を追ってきた。
屋上からは、現実世界が見えた。遼太が立っている場所も、はっきりと見えた。彼は、僕が死んだ場所と同じ場所で、今にも身を投げようとしていた。
「遼太…!」僕は、力の限り叫んだ。「死ぬな…!絶対に、死ぬな!」
僕の声は、遼太に届いたのだろうか…?彼は、動きを止めた。そして、ゆっくりと顔を上げた。その瞳には、涙が溢れていた。
僕は、再び叫んだ。「生きて…!生きて、幸せになってくれ!」
遼太は、しばらくの間、僕を見ていた。そして、静かに頷いた。彼は、その場を離れ、どこかへ歩き始めた。
僕は、安堵の息をついた。そして、成香に微笑みかけた。「ありがとう、成香。君のおかげで、僕は救われたよ」
「どういたしまして、ショウさん」成香は、微笑み返した。「あなたは、強い人です。必ず、幸せになれますよ」
僕は、死後の世界で、新たな人生を歩み始めた。 과거の罪を償い、残された人たちのために、できることを精一杯やる。それが、今の僕の生きる意味だ。
屋上から見下ろす灰色の空は、いつしか青空へと変わっていた。そして、空には、大きな虹が架かっていた。