Drama
21 to 35 years old
2000 to 5000 words
Japanese
薄暗い光が僕の意識をゆっくりと呼び覚ました。ここはどこだ？ 見慣れない天井、無機質な壁、そして鼻を突く消毒液の匂い…。僕は、EPR97809、ショウと呼ばれている。死後の世界で目覚めた。
生前、僕は疲れ果てていた。絶望という名の深い淵に沈み、光を見出すことができなかった。しかし、死んだ今、安堵など微塵も感じられない。むしろ、生きている時とは別の苦しみが、僕を蝕んでいた。
転生することもなく、僕は『療養所』と呼ばれる場所に送られた。そこは、生きていた世界とほとんど変わらない、退屈で灰色の場所だった。いや、むしろ生きている時よりもっと酷い場所だ。なぜなら、ここは死にたくても死ねない場所だから。
療養所での日々は、単調で希望のない繰り返しだった。他の魂たちは、死を受容し、新たな生に向けて旅立っていく。しかし僕は、それができなかった。過去の罪に囚われ、自責の念に苛まれ、僕は完全に心を閉ざしてしまった。
部屋に閉じこもり、外界との接触を一切断って、８年の月日が流れた。療養所の職員たちが何度か訪ねてきたが、僕は無視し続けた。彼らの言葉は、僕の心の壁を打ち破ることはできなかった。僕は、独りでいることを選んだのだ。
８年の間、僕はただひたすら過去を悔いていた。生前の自分の弱さ、愚かさ、そして犯してしまった過ちの数々…。特に、幼い息子を残して焼身自殺という手段を選んでしまったことは、僕の心に消えない傷跡を残した。
そんなある日、療養所に新しい魂がやってきた。彼女の名前は、成香（なるか）といった。彼女は、僕とは正反対の、明るく楽天的な女性だった。最初、僕は彼女を無視しようとした。いつものように、自分の殻に閉じこもろうとした。
しかし、成香は諦めなかった。毎日、僕の部屋のドアをノックし、話しかけてきた。最初は迷惑だったが、彼女の明るさ、優しさ、そして何よりも、僕を理解しようとする姿勢に、僕は少しずつ心を許し始めた。
ある日、彼女は僕に言った。「あなたは、ずっと過去に囚われているわね。でも、過去は変えられない。変えられるのは、今と未来だけよ」
彼女の言葉は、僕の胸に深く突き刺さった。確かに、僕は過去に囚われ、前に進むことを拒んでいた。しかし、成香の言う通り、過去は変えられない。変えられるのは、今と未来だけなのだ。
成香との出会いをきっかけに、僕は少しずつ療養所の外に出るようになった。最初は庭を散歩するだけだったが、徐々に他の魂たちとも話をするようになった。
彼らは皆、様々な死因で死んでいた。病気、事故、自殺… 皆、それぞれの苦しみや悲しみを抱えていたが、それでも前に進もうとしていた。
僕は、彼らとの交流を通して、自分の過去と向き合う勇気を持つことができた。自分の罪を認め、悔い、そして、許しを求めることができた。
ある日、成香は僕に言った。「あなたの死因は、とても悲しいものだったわね。でも、あなたはもう一人じゃない。私たちは、いつもあなたのそばにいるわ」
僕は、成香に、そして療養所の仲間たちに支えられ、死を受容することができた。自分の犯した罪を償うために、僕は再び生きることを決意した。
しかし、僕は現世に戻ることはできなかった。僕の魂は、まだ贖罪を必要としていたのだ。僕は、自分の犯した罪の結果を見届けなければならなかった。
僕は、現世の自分の息子、健太の姿を見守ることにした。彼は、僕の死後、施設で育ち、孤独な日々を送っていた。
健太は、僕が想像していたよりもずっと強く、優しく成長していた。彼は、苦労しながらも大学に通い、立派な大人になろうと努力していた。
しかし、健太の心には、深い悲しみと怒りが刻まれていた。彼は、僕の自殺を許せずにいたのだ。それは当然だろう。僕が犯した罪は、あまりにも重すぎた。
ある日、健太は僕と同じように焼身自殺を図ろうとした。彼は、絶望の淵に沈み、生きる意味を見失っていたのだ。
その瞬間、僕は必死に健太に呼びかけた。「健太！ 死ぬな！ 生きてくれ！ お前は、まだ若いんだ！ 未来があるんだ！」
僕の声は、健太に届かなかった。しかし、僕の強い思いが、健太の心の奥底に響いたのだ。彼は、炎に包まれながらも、最後の力を振り絞って自殺を思いとどまった。
僕は、健太が助かったことに安堵した。そして、自分の犯した罪の重さを、改めて痛感した。僕の愚かな行為は、息子の一生を狂わせてしまったのだ。
それでも、健太は生き延びてくれた。そして、彼は、僕の罪を背負いながらも、力強く生きていくことを決意した。
僕は、死後の世界から、健太の幸せを祈り続けた。そして、いつか彼が僕を許してくれる日が来ることを信じている。
長い時間が過ぎ、健太は立派な大人になった。彼は、結婚し、子供を授かり、幸せな家庭を築いた。彼は、僕の代わりに、子供たちを精一杯愛し、育ててくれた。
僕は、健太の幸せな姿を見て、心から安堵した。そして、自分の魂が少しずつ浄化されていくのを感じた。
僕は、過去の罪を完全に償うことはできない。しかし、僕は、健太の幸せを祈り続けることで、少しでも罪を償いたいと思っている。
僕の死後の世界での旅は、まだ終わらない。しかし、僕はもう独りではない。僕は、成香、そして療養所の仲間たちと共に、未来に向かって生きていく。
いつか、僕も健太に再会できる日が来るかもしれない。その時、僕は彼に心から謝罪し、感謝の気持ちを伝えたい。
それまでの間、僕は、死後の世界で、自分の魂を磨き続け、いつか完全に受容される日を夢見て生きていく。それが、僕の贖罪の道なのだから。