夢の雫と覚醒の少女

Drama 14 to 20 years old 2000 to 5000 words Japanese

Story Content

「また、ダメだった…」
自室のベッドに倒れ込んだタケルは、使い古されたスマートフォンを握りしめた。画面に映るのは、閉ざされたSNSアカウント。何度申請しても、承認されることはない。
タケルは、不登校になってからというもの、現実世界との繋がりをほとんど絶っていた。唯一の窓口は、このスマートフォンとSNS。かつての友人たちに、せめて近況を知ってもらいたいと願うも、その願いは届かない。
孤独と焦燥感が、タケルの心を蝕んでいく。眠れない夜が続き、精神科医から処方された睡眠薬の量が増えていった。
ある夜、タケルは耐えきれず、睡眠薬を大量に飲み込んだ。オーバードーズだった。
意識が遠のく中、彼はぼんやりとした光を見た。それは優しく、温かく、彼を包み込むようだった。
「…タケル?」
意識が戻ったタケルは、見慣れない天井を見つめていた。自分の部屋ではない。そして、目の前には見慣れない少女が立っていた。
黒縁メガネをかけ、現代的な制服を着た少女は、心配そうにタケルの顔を覗き込んでいる。
「ここは…どこだ? お前は誰だ?」
タケルの問いに、少女は少し戸惑った様子で答えた。
「私は…ヒナ。あなたは、助けたの。無茶をしたから」
タケルは状況が飲み込めなかった。自分がオーバードーズで倒れたこと、そして、この少女が誰なのか。
「ヒナ…? どういうことだ?」
ヒナはゆっくりと語り始めた。
「私は…あなたの飲んだ睡眠薬なの。擬人化されたの。あなたが助けを求めたから」
タケルは、自分の耳を疑った。薬が擬人化…? そんな非現実的なことが起こりうるのか?
「信じられないだろうけど、本当よ。私はあなたの苦しみを少しでも和らげたくて、姿を変えたの」
ヒナの言葉は、どこか悲しげだった。タケルは、その瞳に不思議な引力を感じた。
最初は戸惑っていたタケルだったが、ヒナと過ごすうちに、次第に心を開いていった。ヒナは、タケルの悩みを聞き、彼の孤独を埋め、彼の心に寄り添った。
ヒナは、タケルにとって特別な存在になっていった。友達でも恋人でもない、唯一無二の存在。恋愛という感情が芽生え始めていた。
しかし、ヒナには秘密があった。彼女は睡眠薬として存在していた過去を持つ。
ある日、タケルはヒナの過去を知ってしまう。彼女が、かつて多くの人々を依存症に陥れてきたことを。
「ヒナ…お前は…」
タケルの言葉に、ヒナは悲しげに頷いた。
「ごめんなさい…言えなかった。私は、あなたが睡眠薬を必要としなくなるように、あなたの苦しみを理解したかった」
タケルは混乱した。ヒナは、自分の苦しみを和らげるために現れた存在。しかし、彼女の過去は、彼の心を深く傷つけた。
「…もう、お前を信じられない」
タケルはヒナを拒絶した。ヒナは何も言わず、ただ涙を流した。
タケルは再び孤独になった。しかし、以前とは違っていた。ヒナとの出会いが、彼の心を少しだけ強くしていた。
彼は、自分の過去と向き合い、現実世界と向き合うことを決意する。まずは、不登校を克服し、学校に通うことから始めることにした。
タケルは、ヒナとの出会いを胸に、一歩踏み出す。ヒナもまた、タケルの成長を願っていた。
タケルの学校生活は順風満帆とは言えなかった。周りの目は冷たく、過去の不登校期間を気にされることもあった。それでも、彼は諦めなかった。ヒナとの約束があったから。
ある日、タケルはかつての友人から声をかけられる。最初は戸惑ったが、友人の言葉に耳を傾けるうちに、再び心を通わせることができた。
「タケル…変わったな。前はいつも塞ぎ込んでいたけど、今は違う」
友人の言葉に、タケルは微笑んだ。ヒナとの出会いが、彼を変えたのだ。
タケルは、少しずつ自分の居場所を見つけていく。そして、いつしか睡眠薬を必要としなくなった。
ヒナは、タケルの心の奥底にそっと佇んでいる。彼女は、もう睡眠薬ではない。タケルにとって、かけがえのない存在だった。
タケルは、過去の自分に別れを告げ、新たな未来へと歩き出す。そして、ヒナもまた、タケルの成長を見守り続ける。
2人はそれぞれの道を進みながらも、心は繋がっている。それは、薬と人間という関係を超えた、特別な絆だった。
タケルは、困難に立ち向かうたびに、ヒナの言葉を思い出す。「あなたは、独りじゃない」と。
タケルは、夢に向かって進んでいく。そして、いつかヒナに再会することを願っている。