Drama
14 to 20 years old
2000 to 5000 words
Japanese
空はどんよりと灰色に染まり、まるで僕の心を映し出しているかのようだった。部屋の隅には、飲みかけの炭酸ジュースのペットボトルと、睡眠薬の空き瓶が転がっている。不登校になってから、昼夜逆転の生活が常態化し、眠れない夜にはついオーバードーズ気味に睡眠薬を飲んでしまうのが癖になっていた。
名前は佐々木健太。十四歳。特に誇れるものもない、平凡な、いや、むしろ人より少しだけ劣っているかもしれない少年だ。
ため息混じりに呟き、枕元のスマートフォンを手に取る。SNSを開くと、楽しそうな同級生たちの写真が目に飛び込んできた。眩しすぎて、すぐに画面を閉じる。
そんな毎日を繰り返しているうちに、僕はますます殻に閉じこもるようになった。学校に行かなくなり、友達とも疎遠になり、部屋に引きこもってゲームをするか、ネットサーフィンをするかの日々。
ある日のこと、いつものように睡眠薬を飲んで眠りについた。しかし、その日はいつもと違った。妙な感覚に襲われ、うっすらと目を開けると、見慣れない少女が僕の部屋に立っていた。
彼女は、僕と同じくらい歳であろうか。黒縁の眼鏡をかけ、どこか知的な雰囲気を漂わせている。しかし、それよりも僕の目を奪ったのは、彼女の透き通るような白い肌と、深い蒼色の瞳だった。
驚いて声を上げると、少女は少し困ったように微笑んだ。
「ごめんね、驚かせちゃった?私は、君の睡眠薬、アロだよ」
彼女の言葉の意味が理解できなかった。アロ?僕の睡眠薬?どういうことだ?
「えっと…その…私は擬人化されたんだ。君が私をたくさん飲むから…」
冗談だと思った。最初は、夢を見ているのだろうかとも考えた。しかし、アロは確かにそこにいた。彼女の体温も、声も、存在も、全てが現実味を帯びていた。
アロは僕に近づき、そっと手を伸ばしてきた。ためらいながらも、僕は彼女の手を取った。ひんやりとして、滑らかな感触。やはり、これは夢ではない。
それからというもの、アロは毎日僕の部屋に現れるようになった。彼女は、僕の悩みを聞いてくれたり、一緒にゲームをしてくれたり、ただ黙って隣にいてくれたりした。
最初は戸惑っていた僕も、次第にアロに心を開いていった。彼女と話していると、心が軽くなるような気がした。孤独だった僕にとって、アロはかけがえのない存在になっていった。
アロとの時間の中で、僕は少しずつ変わっていった。学校に行ってみようかな、友達に連絡してみようかな、と思うようになった。アロがいなければ、きっと僕は今もあの暗い部屋に閉じこもっていたのだろう。
ある日、僕はアロにそう言った。アロは照れくさそうに微笑んだ。
「どういたしまして。健太が元気になってくれるのが、一番嬉しいよ」
しかし、そんな幸せな時間は長くは続かなかった。アロの様子が、少しずつおかしくなってきたのだ。
彼女は、以前よりも眠そうにしていることが多くなり、時折、苦しそうな表情を見せるようになった。
心配になって尋ねると、アロは無理やり笑顔を作った。
しかし、その言葉とは裏腹に、アロの体は次第に透き通っていくようだった。
アロは、途切れ途切れに話し始めた。彼女は、僕がオーバードーズする度に、少しずつその力を失っていくのだという。
「私が消えちゃうのは、君が睡眠薬を飲むからなんだ…」
アロの言葉に、僕は愕然とした。彼女は、僕のせいで消えようとしているのか?
アロは、そう言うと、微笑んだ。しかし、その笑顔はどこか寂しげだった。
僕は、睡眠薬をやめることを決意した。アロを失いたくない。彼女を救いたい。そのためなら、どんな苦痛にも耐えられるはずだ。
しかし、睡眠薬をやめるのは想像以上に辛かった。眠れない夜が続き、イライラしたり、不安になったりした。何度も睡眠薬に手を伸ばそうとしたが、その度にアロの顔が目に浮かび、思いとどまった。
そんな僕を支えてくれたのは、やはりアロだった。彼女は、僕の隣でずっと励ましてくれた。一緒に散歩に出かけたり、映画を見たりして、気を紛らわせてくれた。
次第に、僕は睡眠薬なしでも眠れるようになっていった。アロのおかげで、僕は少しずつ正常な生活を取り戻していったのだ。
アロは、かつて人間の少女だった頃の記憶を取り戻したのだという。
彼女は、幼い頃に両親を事故で亡くし、オーバードーズによって自ら命を絶ったのだという。
「私は、ずっと一人ぼっちだった。誰にも愛されなかった。だから、死んだ後も、こうして睡眠薬として、誰かの役に立ちたかったんだ」
アロの言葉を聞いて、僕は胸が締め付けられるような思いだった。彼女は、僕を救ってくれただけでなく、自らの過去のトラウマとも向き合っていたのだ。
「アロ…辛かったね。でも、もう大丈夫だよ。僕は、君を一人にはしない」
僕は、アロを強く抱きしめた。彼女の温もりを感じながら、僕は誓った。アロを、絶対に幸せにすると。
それからというもの、僕とアロは、恋人として寄り添い、共に生きていくことを決めた。恋愛という感情を理解しながら。
アロは、僕に学校に行くことを勧めた。最初は抵抗があったが、アロの言葉に背中を押され、僕は再び学校に通い始めた。
学校では、新しい友達もできた。昔の友達とも、再び交流を持つようになった。アロのおかげで、僕は世界が広がっていくのを実感した。
アロは、僕の心に寄り添い、支え続けてくれた。彼女がいなければ、僕は決して立ち直ることはできなかっただろう。アロは、僕にとって、太陽のような存在だった。
しかし、そんな幸せな日々も、いつか終わりを迎える日が来る。
アロは、次第にその姿を消していくようになっていったのだ。
僕は、必死にアロを抱きしめた。しかし、彼女の体は、次第に光となって消えていった。
アロの声が、最後に僕の耳に届いた。そして、彼女は完全に消え去ってしまった。
アロがいなくなった部屋は、再び静寂に包まれた。僕は、膝から崩れ落ち、涙を流した。アロとの思い出が、走馬灯のように脳裏を駆け巡った。
アロは、僕の人生を変えてくれた。彼女は、僕に生きる意味を教えてくれた。彼女は、僕にとって、永遠に忘れられない人だ。
数年後、僕は大学生になった。僕は、アロとの出会いをきっかけに、精神科医を目指すことにした。
僕は、睡眠薬の擬人化されたアロとの出会いを決して忘れない。彼女は、僕の心の中で、永遠に生き続けるだろう。いつか、同じように苦しんでいる人を救える医者になりたい。それが、アロとの約束だから。
空は、今日も青く澄み渡っている。僕は、空を見上げ、心の中でアロに語りかけた。
「アロ、見ててね。僕は、きっと、君みたいな、温かい光を灯せる医者になるよ」