夢現の境界線:眠りの底の恋

Drama 14 to 20 years old 2000 to 5000 words Japanese

Story Content

春の光が、カーテンの隙間から差し込み、部屋を満たしていた。 オーバードーズした睡眠薬のせいで、どれだけの時間が過ぎたのかもわからない。
目を開けると、見慣れない景色が広がっていた。正確には、見慣れた自分の部屋なのだが、そこにいる人物が見慣れない。黒縁メガネをかけた、今どきの中学生くらいの女の子が、ベッドのすぐそばに立っていた。
「え…誰?」
男の子は、掠れた声で尋ねた。彼は、不登校になってからというもの、ほとんど誰とも話していなかった。
「やっと起きた。本当に、心配したんだから」
女の子は、少し怒ったような口調で言った。
「心配?君が?誰なんだよ」
男の子は、ますます混乱した。見ず知らずの女の子が、なぜ自分のことを心配するのか理解できなかった。
「…私は、あなたがいつも飲んでる、睡眠薬の…」
女の子は、言い淀んだ。
「睡眠薬?まさか…擬人化、ってこと?」
男の子は、信じられないといった表情で尋ねた。彼は、アニメやゲームが好きで、擬人化されたキャラクターを見るのは好きだったが、まさか自分が体験するとは思ってもみなかった。
「そう。私が、あなたがいつも飲んでる、擬人化された睡眠薬。…名前は、夢(ゆめ)。よろしくね」
夢と名乗る女の子は、少し照れくさそうに微笑んだ。その笑顔は、どこか儚げで、男の子の心をざわつかせた。
男の子の名前は、健太(けんた)。彼は、中学校までは明るく活発な少年だった。しかし、高校に入ってから人間関係に悩み、徐々に学校へ行けなくなった。そして、不眠症に悩まされるようになり、睡眠薬に頼るようになった。
「…信じられない
健太は、呆然と呟いた。
「信じられなくても、私がここにいるのは事実。…ねえ、健太。お願いがあるの」
夢は、真剣な眼差しで健太を見つめた。
「…何?」
「もう、オーバードーズしないで。お願い。私が、つらいの」
夢の言葉は、健太の胸に深く突き刺さった。自分が睡眠薬乱用していることが、誰かを傷つけているのだと、初めて気づいた。
「…ごめん」
健太は、小さく謝った。
「謝ってほしいんじゃないの。お願いなの。もう、私を苦しめないで
夢の目は、涙で潤んでいた。その姿を見て、健太は心を痛めた。
「…わかった。約束する。もう、オーバードーズしない」
健太は、固く誓った。
それから、健太と夢は、不思議な共同生活を始めた。夢は、人間の姿になったことで、睡眠薬だった頃には感じられなかった様々な感情を知った。喜び、悲しみ、怒り、そして、恋愛感情。
健太は、夢との触れ合いを通して、徐々に心の傷を癒していった。夢は、いつも健太のそばにいて、彼の話を聞き、彼を励ました。
「ねえ、夢。君は、どうして僕のところに現れたの?」
ある日、健太は夢に尋ねた。
「…それはね、私が生まれた時から持っていた、かすかな願いがあったから。誰かの役に立ちたい、誰かを救いたい、って」
夢は、遠い目をして言った。
睡眠薬は、人を眠らせることしかできない。でも、人間になった私は、あなたを救えるかもしれないと思ったの」
夢の言葉を聞いて、健太は胸が熱くなった。彼は、夢の存在が、自分の人生にとってどれほど大きなものかを改めて感じた。
二人は、一緒に過ごす時間の中で、互いに惹かれあっていった。健太は、夢の優しさ、明るさ、そして、どこか儚げな雰囲気に惹かれた。夢は、健太の優しさ、繊細さ、そして、過去に苦しんでいる姿に惹かれた
しかし、二人の間には、越えられない壁があった。夢は、擬人化された睡眠薬。いつかは、元のに戻らなければならない運命だった。
ある日、夢は健太に、過去について語り始めた。彼女は、開発された当初は、多くの患者救うことができた優秀な睡眠薬だった。しかし、徐々に乱用されるようになり、多くの患者依存症になっていった。
「私が、原因なの。睡眠薬は、本来、一時的に眠り助けるものなのに、依存してしまう人がたくさんいる。私は、それを見ているのがつらかった
夢は、苦しそうに顔を歪めた。
「…それで、どうして私が人間になったの?」
健太は、尋ねた。
「…それはね、私の願いが、科学者届いたから。科学者は、私の乱用現状見かねて、私を一時的人間にする実験を行ったの。そして、もしオーバードーズされた場合、私がその人のそばに現れるようにプログラムされたの」
夢は、悲しそうに微笑んだ。
「私が人間でいられる時間は、限られている。いつかは、元のに戻らなければならない」
夢の言葉に、健太は言葉を失った。二人の幸せな時間は、いつか終わりを迎えるのだと、改めて思い知らされた。
「…わかってる
健太は、小さく呟いた。
「…ありがとう。私のことを、好きになってくれて」
夢は、健太の頬に触れ、優しく微笑んだ。
別れの時が、刻一刻と近づいていた。健太は、夢との残された時間を大切に過ごそうと心に決めた。
そして、ついに、その日がやってきた。夢の体が、徐々に透き通っていくのがわかった。
「…健太」
夢は、健太の名前を呼んだ。
「…夢」
健太は、涙声で答えた。
お願いがあるの」
夢は、力を振り絞って言った。
「…何でも言って」
に戻っても、のことを忘れないで。そして、救えなかった人たちを、あなたが救ってあげて」
夢の言葉に、健太は強く頷いた。
「…約束する。絶対に、忘れない。そして、出来ることを、精一杯やる
夢は、健太の言葉を聞いて、安心したように微笑んだ。
「…健太。依存しているのはだから。私がやらかして科学者懲戒処分されて引退した時、生まれ変わるなら、君の子供生まれ変わろうかな…。なんて。きっと20年引退しないから無理か」
そう言い残し、夢の体は、光となって消えていった。
夢が消えた後、健太は、夢との約束を守り、学校復帰した。彼は、人間関係悩みを抱える生徒たちの相談に乗ったり、不登校生徒たちを励ましたりするようになった。
そして、いつか、夢のような、誰かを救うことのできる開発することを夢見るようになった。彼は、との出会いを、決して忘れなかった。それは、彼の人生変える希望の光だったから。
それから数年後、健太は医学部に進学し、睡眠薬の研究者となった。彼は、依存性の低い、安全な睡眠薬開発するために、日々研究に励んでいる。いつか、のような、誰かを救うことのできる開発するために…。
大学の研究室で深夜まで研究に没頭する健太の背中を、月明かりが優しく照らしていた。ふと、デスクに置かれた、あの頃乱用していた睡眠薬の小さなボトルに目が留まる。もう二度とオーバードーズはしないと誓った、あの日。夢との約束を胸に、健太はペンを握り直した。
夢がいなくなってからも、時々、夢を見た。眠りの中で、が微笑みかける。健太はそのたび、頑張って、と心の中で呟く。
そして、いつか再会できる日を信じて