夢現の境界線:眠り薬と少年の恋物語

Drama 14 to 20 years old 2000 to 5000 words Japanese

Story Content

春の柔らかな陽光が差し込む部屋。窓の外では、桜がそっと花びらを散らしている。部屋の主、高校一年生の健太は、カーテンを閉め切った暗い部屋で、眠り薬の空き瓶を握りしめていた。学校へは行かず、ただ過ぎていく時間に焦燥感を募らせていた。
「また…やってしまった」
後悔の念に押しつぶされそうになりながら、健太は意識を手放した。微睡の中で、遠い日の記憶が蘇る。幼い頃に見た満天の星空、優しい母親の笑顔、そして、いつしか消えてしまった夢の数々…。
ふと、何かが変わった気がした。重い瞼を開けると、そこには見慣れない少女が立っていた。大きな瞳、眼鏡をかけた知的な顔立ち。だが、どこか儚げな雰囲気を漂わせている。
「え…誰?」
驚きを隠せない健太に、少女は澄んだ声で言った。
「やっと会えたね、健太。私は君がいつもお世話になっている睡眠薬擬人化された姿だよ」
信じられない光景に、健太は言葉を失った。目の前の少女が、自分がいつもオーバードーズしていた薬だというのか?
「嘘だろ…」
「嘘じゃない。君が私を必要とするたびに、私は君の傍にいた。眠りの底で、君の苦しみを見てきたんだから」
少女、いや、薬はそう言うと、健太に対する積もり積もった愚痴を堰を切ったように話し始めた。「私はね、君の依存をすごく心配してたんだ!いつもいつも私のことばかり…」
それからの日々は、まるで夢のようだった。薬は、人間になったことを喜び、健太の傍で、色々なことを教えてくれた。学校に行かない理由、将来への不安、誰にも言えなかった心の奥底にある恋愛感情…。
「ねえ、健太。どうして学校に行かないの?」
ある日、薬は優しく問いかけた。健太は、ぎこちなく言葉を紡ぎ始めた。
「…うまく、馴染めないんだ。みんなと話が合わないし、それに、将来やりたいことも見つからない。毎日同じことの繰り返しで、息が詰まるんだ」
薬は、健太の言葉に静かに耳を傾けた。
「そうか…。でも、健太には、きっと何かできることがあるはずだよ。自分を信じて、色々なことに挑戦してみればいい」
薬の言葉は、健太の心にそっと染み渡った。彼女の存在は、いつしか健太にとって、なくてはならないものになっていた。
「薬…君は、どうして僕の傍にいてくれるの?」
「それは…私が、君のことを…」
薬は言いかけた言葉を飲み込み、そっと微笑んだ。
ある夜、健太は薬に、自分の過去について語り始めた。幼い頃に両親が離婚し、母親と二人暮らしになったこと。母親は仕事で忙しく、いつも一人で過ごしていたこと。そして、孤独を紛らわすために、薬に手を染めてしまったこと。
薬は、健太の辛い過去に胸を痛めた。
「健太…辛かったね。でも、もう大丈夫だよ。私が、ずっと傍にいるから」
薬は、健太をそっと抱きしめた。温かい薬の体温が、健太の凍りついた心を溶かしていくようだった。
薬との日々は、健太にとって、かけがえのないものとなった。彼女は、健太の心の支えであり、生きる希望だった。しかし、幸せな時間は、いつまでも続くわけではなかった。
ある日、薬は深刻な表情で健太に告げた。
「健太…私は、そろそろ元のに戻らなければならない」
健太は、薬の言葉に愕然とした。
「そんな…嫌だ!君がいなくなったら、僕はどうすればいいんだ?」
薬は、健太の瞳を真っ直ぐ見つめ、優しく語りかけた。
「健太…依存しているのは、いつも私の方だった。君は、もう一人でも大丈夫。だって、もう私がいなくても、ちゃんと前を向いて歩けるようになったから」
薬は、寂しげに微笑んだ。
「ねえ、健太。もし、私が次に生まれ変わるとしたら…君の子供に生まれ変わろうかな。なんて…」
薬は、そう言うと、光となって消えていった。後に残されたのは、一粒の小さな錠剤。
健太は、薬が消えた後も、しばらくの間、呆然と立ち尽くしていた。喪失感は、想像以上に大きかった。しかし、薬の言葉を胸に、健太は再び歩き始めた。
数日後、健太は意を決して学校へ向かった。教室の扉を開けると、クラスメイトたちの視線が一斉に集まった。健太は、深呼吸をして、彼らに向かって微笑んだ。
「おはよう」
健太の言葉に、クラスメイトたちも笑顔で応えた。久しぶりに感じる温かい雰囲気に、健太は胸が熱くなった。
それからの健太は、積極的にクラスメイトと交流するようになり、少しずつ学校生活に馴染んでいった。そして、将来の夢も見つけた。それは、擬人化された薬たちのような、苦しんでいる人々の心を癒す仕事だった。
健太は、いつか薬に再会できると信じて、日々を大切に生きていった。あの春の日の出会いを胸に抱きしめて…