奈落の底の輝き

Drama 14 to 20 years old 2000 to 5000 words Japanese

Story Content

優花は、空っぽのブランコをじっと見つめていた。かつて妹の咲がいつも笑って揺れていた場所。今は冷たい風が吹くばかりだ。咲は、いじめを苦に自ら命を絶った。を吊って、帰らぬ人となった。優花は、あの日の光景が目に焼き付いて離れない。
「咲…」優花は、かすれた声で呟いた。咲のから一年。優花の心は、深いに閉ざされたままだった。学校にも行けず、部屋に閉じこもる日々。咲を苦しめた者たちへの憎しみが、優花の心を蝕んでいた。
優花は、復讐を誓った。咲をあんな目に遭わせた奴らを、絶対に許さない。同じ苦しみを味あわせてやる。しかし、どうすればいい?直接手を下すのはリスクが高すぎる。もっと巧妙な方法はないのか…。
そんなある日、ネットで奇妙な噂を耳にした。ある動画投稿チャンネル。そこには、見た者を必ず不幸にする、恐ろしい動画がアップされているという。見た者は精神を病み、を選ぶ者もいるとまで言われている。別名『奈落の底チャンネル』。
(そんなチャンネルがあるのか…)優花は、半信半疑だった。しかし、同時に、かすかな希望を抱いた。もし本当にそんな力があるなら、復讐に利用できるかもしれない。加害者たちを、精神的に追い詰めることができるかもしれない…。
優花は、『奈落の底チャンネル』について調べ始めた。すると、そのチャンネルは、表向きは普通の動画投稿チャンネルとして運営されていることが分かった。しかし、裏では、特別な動画を制作し、それを特定の人物に送りつけているという。
チャンネルの運営者は、謎に包まれていた。誰もその素性を知らない。ただ、『奈落の案内人』と呼ばれていることだけが分かっていた。優花は、いてもたってもいられなくなった。自分もそのチャンネルの一員になりたい。そして、復讐の道具を手に入れたい。
優花は、思い切って『奈落の底チャンネル』に動画投稿スタッフとして応募した。採用される確率は低いだろう。それでも、賭けてみる価値はあると思った。数日後、優花の元に、面接の通知が届いた。
面接当日。優花は、緊張しながら指定された場所へ向かった。そこは、都心から離れた、人通りの少ない古いビルだった。ビルの入り口には、黒ずくめの男たちが立っており、物々しい雰囲気が漂っていた。
男たちは、優花を無言で奥へ案内した。案内された部屋は、薄暗く、無機質な空間だった。部屋の中央には、一脚の椅子が置かれている。椅子に座るよう促された優花は、おそるおそる腰を下ろした。
しばらくすると、部屋の奥から、一人の女性が現れた。美しい容姿をしていたが、その瞳には、底知れないが宿っていた。「あなたが、優花さんね?」女性は、冷たい声で言った。
「はい…」優花は、震える声で答えた。女性は、優花の周りをゆっくりと歩きながら、じっと観察した。「あなたは、何か目的があってここに来たようね。隠しても無駄よ」
優花は、観念した。自分の目的を正直に話すしかない。優花は、妹の、いじめ、そして復讐心を、全て女性に打ち明けた。「…私は、妹を苦しめた奴らに、復讐したいんです。そのためなら、どんなことでもします」
女性は、しばらく沈黙した後、ゆっくりと口を開いた。「分かったわ。あなたの復讐心、よく理解できた。いいでしょう。あなたを、このチャンネルの一員として迎えましょう」
優花は、驚いた。「本当ですか…?」「ええ、ただし、条件があるわ。あなたは、私たちの指示に絶対に従うこと。そして、二度と、自分の過去を語ってはならないこと。それができる?」
「はい、できます!」優花は、即答した。どんな条件でも飲む。復讐のためなら、自分の魂さえも売り渡せる。「ただし、一つだけ。あなたは、これから『アイドル』として活動してもらうことになるわ」
アイドル…ですか?」優花は、戸惑った。復讐のために、なぜアイドルになる必要があるのか。理解できなかった。「理由は聞かない方がいいわ。言われた通りにするだけでいいの」
優花は、覚悟を決めた。「分かりました。言われた通りにします」女性は、満足そうに頷いた。「それじゃあ、今日からあなたは『闇のお姉さん』よ。奈落の底で輝く、アイドル…」
優花は、『闇のお姉さん』としての生活を始めた。毎日、歌やダンスのレッスンを受け、動画撮影に臨んだ。最初は戸惑ったが、次第に、自分の中に眠っていた才能が開花していくのを感じた。
闇のお姉さん』は、瞬く間に人気アイドルになった。彼女の動画は、多くの人々を魅了し、熱狂的なファンを獲得していった。しかし、優花の心は、満たされることはなかった。
(これは、私の望んだことなのか…?)アイドルとしての自分は、まるで操り人形のようだった。与えられた台本を演じ、笑顔を振りまくだけ。本当の自分は、どこに行ってしまったのだろうか…。
ある日、優花は、『奈落の案内人』と呼ばれるチャンネルの運営者に呼び出された。「あなたの活躍は素晴らしいわ。おかげで、チャンネルの規模はますます拡大しているわ」
「…ありがとうございます」優花は、冷たく答えた。「それで、あなたの復讐の準備は、着々と進んでいるわ。近いうちに、あなたのターゲットに、特別な動画を送りつけることができるわ」
優花は、内心、複雑な思いだった。復讐が近づいている。それは、彼女がずっと望んでいたこと。しかし、喜びよりも、むしろ不安が大きかった。「…本当に、うまくいくんでしょうか?」
「心配する必要はないわ。私たちの動画は、必ずターゲットを破滅させるわ。あなたは、ただ見ていればいいの」『奈落の案内人』は、不気味な笑みを浮かべた。
そして、ついに、復讐の日がやってきた。優花のターゲットであるいじめっ子たちに、特別な動画が送りつけられたのだ。その動画を見た彼らは、精神的に追い詰められ、日常生活を送ることができなくなった。
(やった…これで、咲の仇を討てたんだ…)優花は、復讐を果たしたことに安堵した。しかし、同時に、空虚な感情が彼女を襲った。復讐を果たしても、咲は帰ってこない。自分の心も、癒されることはない。
優花は、再び、空っぽのブランコを見つめた。もう、咲の姿はない。そして、自分の心の中にも、もう咲の笑顔は残っていない。残っているのは、深いだけだ。
ある日、優花は、自分のファンの中から、一人の少女を見つけた。その少女は、かつての咲にそっくりだった。優花は、その少女に、強いシンパシーを感じた。「…もしかしたら、この子を救えるかもしれない」
優花は、勇気を振り絞り、その少女に近づいた。「…あの、少しお話しませんか?」少女は、警戒しながらも、優花の言葉に耳を傾けた。優花は、自分の過去、闇のお姉さんとしての活動、そして復讐について、全てを打ち明けた。
少女は、優花の言葉に涙を流した。「…私も、いじめられているんです。毎日がつらくて、にたいって思っていました」優花は、少女を優しく抱きしめた。「…大丈夫。あなたは、一人じゃない。私が、あなたを守る」
優花は、『奈落の底チャンネル』を辞めることを決意した。そして、闇のお姉さんとしての活動を全て辞め、普通の女の子に戻ることを決めた。もちろん、簡単なことではない。チャンネル側からの妨害も予想される。
しかし、優花は、覚悟を決めた。自分の手で、自分の人生を取り戻す。そして、咲の分まで、強く生きていく。優花は、少女と共に、新しい人生を歩み始めた。それは、困難な道のりだったが、優花の心には、かすかな希望の光が灯っていた。
かつての闇のお姉さんは、奈落の底から抜け出し、一人の少女を救った。彼女は、を知っているからこそ、光の尊さを知っていた。そして、彼女の瞳には、かつてのようなは、もうなかった。
事件後、奈落の底チャンネルは閉鎖された。運営者の『奈落の案内人』も姿を消し、行方不明となった。多くの人々が、この事件について議論し、様々な憶測を呼んだ。
しかし、優花は、もう過去を振り返ることはなかった。彼女は、新しい人生を、力強く生きていた。そして、いつか、咲の墓前に、笑顔で報告できる日が来ることを信じていた。
数年後。優花は、動画投稿サイトで、いじめ撲滅を訴える動画を公開していた。かつての闇のお姉さんは、今は、光を届ける存在となっていた。彼女の動画は、多くの人々の心を打ち、大きな反響を呼んだ。
そして、ある日。優花は、一通の手紙を受け取った。それは、かつてのファンの少女からのものだった。「…優花さん、私は今、とても幸せです。あなたのおかげで、私は、生きる希望を見つけました。本当にありがとうございます」
優花は、手紙を読み終えると、涙が止まらなかった。「…咲、見ていてくれる?私は、間違っていなかったよね?」優花は、空を見上げた。そこには、眩しい太陽が輝いていた。そして、彼女の心にも、確かな光が灯っていた。
(たとえの中にいても、諦めなければ、必ず光は見つかる。私は、それを証明する…)優花は、決意を新たに、明日へと向かって歩き出した。