Drama
14 to 20 years old
2000 to 5000 words
Japanese
夕焼けが教室の隅々までオレンジ色に染め上げていた。窓際の席に座る僕、ハルキは、ノートに埋め尽くされた数式をぼんやりと見つめていた。
今日もまた、誰にも理解されない数学の世界に閉じこもっていたのだ。高校二年生。世間一般では、青春を謳歌する時期なのかもしれない。けれど僕にとって、それは無縁の世界だった。
彼女はいつも微笑んでいた。まるで陽だまりのように、周囲を暖かく照らすような、そんな笑顔だ。
「ハルキ、難しい顔してるね。また数学?」,アカリが心配そうな表情で話しかけてきた。
「ああ…少しな。どうしても解けない問題があって」僕は素っ気なく答えた。本当は、ただ彼女の顔が見たかっただけなのに、それを素直に言える勇気はなかった。
アカリは、僕のノートを覗き込んだ。「これ、昨日先生が言ってた応用問題だ。難しいよね」
アカリの指先が僕の手に触れた。一瞬、全身が痺れるような感覚に襲われた。
「…ありがとう」,僕は小さな声で呟いた。本当は、感謝の気持ち以上に、何か違う感情が込み上げてきていた。それは、喜びであり、安堵であり、そして…少しの恐怖でもあった。
アカリとの出会いは、中学三年生の時だった。転校してきたばかりの僕は、学校に馴染めず、いつも一人でいた。
そんな僕に、最初に声をかけてくれたのがアカリだった。「こんにちは!私、アカリっていうの。よろしくね!」
アカリの笑顔は、僕の心を溶かした。それから僕たちは、いつも一緒にいるようになった。一緒に勉強したり、一緒に遊んだり、一緒に笑ったり…。
アカリは僕にとって、かけがえのない存在だった。心の支えであり、生きる希望であり、そして…おそらく、それ以上のものだった。
アカリは僕に依存していた。僕もまた、アカリに依存していた。互いを必要とし、求め合う。まるで、双子の魂のように。
けれど、それは健全な関係とは言えなかった。 僕はアカリの笑顔を守るためなら、どんなことでもするだろう。例え、自分の心を押し殺してでも。
「ねえ、ハルキ」,ある日の帰り道、アカリが言った。「私たち、ずっと一緒にいようね」
僕は何も言えなかった。ただ、アカリの言葉を心の中で繰り返した。ずっと一緒に…。
「アカリは、将来何がしたいの?」,僕は尋ねた。アカリの未来を知りたかった。アカリが僕を必要としなくなる日が来るのか知りたかった。
「うーん…まだ分からない。でもね、ハルキと一緒にいたい」,アカリは少し照れながら答えた。
アカリの言葉に、僕の胸は締め付けられた。アカリは、僕なしでは生きていけない。それは、僕にとって喜びであると同時に、大きな重圧でもあった。
数学者になるのが僕の夢だった。幼い頃から数式に魅せられ、その美しさに心を奪われてきた。
数式は僕にとって、唯一の理解者だった。誰にも理解されない僕の心を、数式だけが理解してくれた。
しかし、数学の世界に進むことは、アカリとの別れを意味するかもしれない。アカリは僕の夢を応援してくれるだろうか? それとも、僕を引き止めるだろうか?
ある日、アカリが泣いていた。理由を聞いても、何も教えてくれなかった。ただ、僕の腕に縋り付き、震えていた。
僕はアカリを抱きしめた。 僕にできるのは、それだけだった。アカリの涙を拭い、震える背中を摩る。それしかできなかった。
その夜、僕は自分の腕にカッターを当てた。浅い傷が、いくつも並んだ。自傷行為だった。痛みが、心の痛みを紛らわせてくれるような気がした。
しかし、それは一時的な気休めに過ぎなかった。 自傷行為を終えた後、僕の心には、より深い絶望が広がっていた。
次の日、アカリはいつも通り、僕に微笑みかけた。「おはよう、ハルキ!」
その笑顔が、僕の心を抉った。僕は、アカリに嘘をついている。自分の苦しみを隠し、平然を装っている。
「おはよう」,僕は辛うじて答えた。喉が渇き、声が震えていた。
アカリは僕の異変に気づかなかったようだ。いつものように、他愛のない話をしてきた。
その時、僕は初めて、アカリとの関係を見つめ直した。これが、本当に恋愛なのだろうか? それとも、ただの依存なのだろうか?
僕は、アカリを愛しているのだろうか? それとも、アカリに必要とされていることに、安堵しているだけなのだろうか?
アカリは僕を愛しているのだろうか? それとも、ただ僕に依存しているだけなのだろうか?
僕たちはお互いを必要としている。それは紛れもない事実だ。しかし、その関係は、健全なのだろうか? 僕たちは、本当に幸せなのだろうか?
大学受験が近づいてきた。僕は、数学者になるという夢を諦めたくなかった。
しかし、アカリを置いていくことは、僕にはできなかった。アカリは、僕なしでは生きていけない。
僕は、どちらを選ぶべきか分からなかった。自分の夢か、アカリの依存か…。
ある日、アカリが僕に言った。「ハルキ、私のために夢を諦めないで」
僕は驚いた。アカリが、そんなことを言うなんて思ってもいなかった。
「私ね、ハルキが数学を頑張っている姿を見るのが、一番嬉しいの。だから、ハルキは自分のやりたいことをやって」,アカリは続けた。
僕は、アカリの言葉を信じられなかった。「でも…アカリは一人でも大丈夫なの?」,僕は不安そうに尋ねた。
「大丈夫だよ。だって私には、ハルキがいるから」,アカリは微笑んだ。
アカリの言葉に、僕は勇気づけられた。アカリは僕を信じ、応援してくれている。
「ありがとう」,僕はアカリを抱きしめた。今度こそ、アカリとの歪んだ関係を断ち切り、お互いに自立した、健全な関係を築いていこうと心に誓った。
僕は、数学者になるという夢を追いかけることを決意した。アカリとの未来のために、そして、自分のために。
しかし、その道のりは決して平坦ではないだろう。 依存という鎖を断ち切り、新たな関係を築いていくためには、時間と努力が必要だ。
それでも僕は、前に進むことを決意した。アカリと手を取り合い、共に未来へ向かって歩んでいこう。
いつか、この歪んだ方程式を解き明かし、本当の恋愛と依存の違いを知る日が来ることを信じて…