歪んだ方程式、解ける愛

Drama 14 to 20 years old 2000 to 5000 words Japanese

Story Content

春の光が差し込む教室。 数学の授業は、いつも退屈だった。特に今日の微分積分は、まるで記号の迷路のようで、僕、ユウトの頭を締め付ける。
窓の外では、桜の花びらが舞っている。そんな景色をぼんやりと眺めていると、隣の席に座るアカリが声をかけてきた。「ねえ、ユウト。ここ、どう解くの?」
アカリは、僕にとって特別な存在だ。初めて会ったのは中学校の入学式。彼女の透明感のある笑顔に、僕は一瞬で心を奪われた。それが恋愛なのか、それともただの憧れなのか、当時の僕には分からなかった。
彼女は数学が得意ではなかった。だからいつも僕に頼ってくる。その依存関係が心地よかった。アカリに必要とされている、という実感は、僕の存在意義そのものだったから。
昔の僕は、親友のコウキといつも一緒にいた。彼は明るくて誰からも好かれる人気者。僕は数学が得意で、内向的な性格だった。コウキは僕の才能を高く評価してくれて、僕をいつも励ましてくれた。でも、いつからか、僕のコウキへの気持ちは友情だけでは済まなくなっていた。
僕のコウキへの依存は、日に日に強くなっていった。彼の行動を監視したり、彼の予定に無理やり割り込んだり。そんな僕の行動に、コウキは धीरेと疲れていった。そしてある日、彼は僕に言った。「もう、放っておいてくれ」
その日から、僕は人間関係を極度に恐れるようになった。誰かに深く関わることを避け、いつも一人でいることを選んだ。アカリ以外は。
アカリとの関係は、僕にとって唯一の救いだった。彼女は僕の過去を知らない。僕の暗い部分を知らない。だから僕は、彼女の前では素の自分でいることができた。
しかし、その関係もまた、歪んでいることに気づいていた。数学の質問をされるたびに感じる優越感。彼女の依存に応えることで満たされる自己肯定感。これは本当に愛なのか?ただの歪んだ依存ではないのか?
ある日、アカリが僕に言った。「ユウト、最近元気ないね。何かあったの?」
僕は曖昧に笑ってごまかした。「なんでもないよ」
その夜、僕は自室で一人、腕にカッターを当てていた。 自傷行為は、僕にとって心の痛みを紛らわせる唯一の方法だった。深い孤独と絶望。それを少しでも和らげたかった。
カッターの刃が肌に触れる。赤い線が浮かび上がり、じわっと血が滲む。その痛みだけが、僕を現実に引き戻してくれた。
翌日、数学の授業中、アカリが突然泣き出した。「ユウト、ごめんね。いつも頼ってばかりで」
僕は驚いてアカリを見た。「どうしたの?」
アカリは涙を拭いながら言った。「私、ユウトに依存しているの、分かってる。でも、どうしたらいいか分からない」
その言葉を聞いて、僕はハッとした。僕だけじゃない。アカリもまた、依存の淵に立っていたんだ。
僕はアカリの手を握った。「アカリ、僕も同じだよ。僕も君に依存している」
互いの依存を告白し合った僕たちは、その日から少しずつ変わろうと努力した。僕は、アカリに頼らず自分で数学の問題を解くように促し、アカリは、僕にばかり頼らず、他の友達にも相談するようにした。
しかし、現実はそう簡単ではなかった。アカリは相変わらず僕に依存し、僕は、過去のトラウマから抜け出すことができなかった。
ある日、僕はコウキに街で偶然再会した。彼は以前よりもずっと大人びていて、優しい笑顔を浮かべていた。「久しぶりだな、ユウト」
僕は緊張で体が震えた。コウキは僕を恨んでいるのではないか? 責められるのではないか?
コウキは穏やかな声で言った。「お前、元気そうだな。よかった」
しかし、コウキの表情はすぐに曇った。「でも、お前は何も変わってないな。また誰かを依存させて、苦しめているのか」
コウキの言葉は、僕の胸に突き刺さった。僕は何も言い返すことができなかった。
数日後、僕は街で何者かに襲われた。複数の男たちに囲まれ、殴る蹴るの暴行を受けたのだ。意識が朦朧とする中、僕は見た。そこに立っていたのは、憎悪に満ちた顔をしたコウキだった。
「お前のせいで、俺の人生はめちゃくちゃになったんだ。もう、二度と俺の前に現れるな」コウキはそう言い残して去っていった。
瀕死の重傷を負った僕は、病院に搬送された。意識が戻った時、隣にはアカリがいた。「ユウト、大丈夫? 本当に心配したんだから」
僕は、アカリに全てを打ち明けた。コウキとの過去、そして、今回の事件のこと。
アカリは静かに僕の話を聞き、そして言った。「ユウト、辛かったね。でも、もう一人じゃないよ。私がいるから」
アカリの言葉は、僕の心を温かく包み込んだ。僕は初めて、彼女への気持ちが、ただの依存ではなく、本物の恋愛なのだと気づいた。
退院後、僕は数学の道を諦め、心理学を学ぶことにした。自分の過去と向き合い、他者の心を理解することで、コウキのような過ちを二度と繰り返したくないと思ったからだ。
アカリは、僕の新たな挑戦を全力で応援してくれた。僕たちは互いに支え合い、依存から脱却し、より強い絆で結ばれた。
数年後、僕は心理学者として働き、アカリは数学教師になった。僕たちは、それぞれの道を歩みながらも、互いを愛し続けている。
しかし、過去の傷は完全には癒えない。時々、コウキのことが頭をよぎり、罪悪感に苛まれることもある。
それでも僕は、前を向いて生きようとしている。アカリと、そして、いつかコウキにも許してもらえるように。
(旧友視点、あとがき)
コウキは、今でもユウトのことを後悔している。あの時、もっと別の方法で彼を助けることができたのではないか? 彼を依存から救い出すことができたのではないか?
しかし、過ぎてしまった時間は戻らない。コウキは、ただユウトの幸せを祈るばかりだ。