Drama
14 to 20 years old
2000 to 5000 words
Japanese
雨上がりの夕暮れ。河川敷の土手に、高校二年生の数学オタク、カイトは座っていた。目の前には、解きかけの数式が並んだノート。頭の中は、数字と記号が渦巻いている。
「カイト君、こんなところにいたの？」背後から優しい声が聞こえ、振り返ると、クラスメイトのユイが立っていた。長い髪が夕焼け色に染まっている。
「ああ、ユイか…少し、考え事をしていたんだ」カイトは視線を落とし、ぶっきらぼうに答えた。ユイといると、心の奥底にしまい込んでいるものが暴かれそうで、落ち着かない。
ユイはカイトの隣に腰を下ろした。「数学の問題？ 私にも教えてくれない？」
カイトはノートを指さし、難解な数式を説明し始めた。ユイは熱心に耳を傾け、時折質問を投げかける。カイトはユイの質問に答えるうちに、いつの間にか数学の世界に没頭していた。
日が暮れ始め、空には星が瞬き始めた。「もうこんな時間か…」カイトは時計を見て呟いた。
ユイは立ち上がり、微笑んだ。「付き合ってくれてありがとう。また明日ね」
ユイが去った後、カイトは再びノートに視線を落とした。しかし、さっきまで夢中になっていた数式が、今はただの記号の羅列に見える。カイトの心には、ユイへの複雑な感情が渦巻いていた。
カイトは幼い頃から数学に没頭することで、現実の苦しみから逃避してきた。両親の不仲、学校でのいじめ… 数学はカイトにとって唯一の拠り所だった。しかし、ユイが現れてから、その均衡が崩れ始めた。
ユイは、カイトの孤独な心を理解し、優しく寄り添ってくれた。ユイといると、カイトは自傷行為を忘れることができた。ユイはカイトにとって、まるで光のような存在だった。
しかし、カイトはユイへの気持ちが、単なる感謝の念なのか、それとも恋愛感情なのか、分からなかった。ユイの優しさに依存しているだけなのではないか、という不安が常に付きまとっていた。
ある日、カイトは数学オリンピックの選考会に参加した。カイトは自分の数学の才能を試す絶好の機会だと意気込んでいた。
選考会は難問の連続だったが、カイトは冷静に問題を解き進めた。しかし、最後の問題で、カイトは手が止まってしまった。どうしても解法が思いつかない。
焦燥感に駆られたカイトは、頭を抱え込んだ。その時、カイトの脳裏に、ユイの笑顔が浮かんだ。ユイがいれば、きっとこの難問も解けるはずだ… そう思った瞬間、カイトは自分の依存心に気付いた。
カイトは試験会場を飛び出し、ユイの元へ走った。ユイは近所の公園で、一人でベンチに座っていた。
「ユイ…助けてくれ…」カイトは息を切らしながら、ユイに数学の問題を見せた。ユイは真剣な表情で問題を見つめ、しばらく考えた後、ヒントを与えた。
カイトはそのヒントを元に、問題を解き始めた。ユイの助けを借りて、カイトは見事に難問を解ききった。
「ありがとう、ユイ…お陰で解けたよ」カイトは心から感謝した。しかし、同時に、自分の依存心に改めて落胆した。
ユイはカイトの肩に手を置き、優しく微笑んだ。「カイト君は凄いね。自分の力で最後まで諦めなかった」
ユイの言葉に、カイトは救われた気がした。ユイはカイトの数学の才能を認め、依存ではなく、自立を促してくれた。
選考会の結果、カイトは見事に数学オリンピックの代表に選ばれた。しかし、カイトは素直に喜ぶことができなかった。自分の依存心を克服しない限り、数学オリンピックに出場する資格はない、と思ったからだ。
カイトはユイに、自分の依存心を打ち明けた。「僕は、君に依存しているんだ。君がいないと、何もできない…」
ユイはカイトの目を見つめ、優しく答えた。「依存するのは悪いことじゃないよ。誰だって、誰かに頼って生きてるんだから。大切なのは、依存する相手を間違えないことと、依存しすぎないことだよ」
ユイの言葉に、カイトは勇気づけられた。カイトは依存心を克服するために、自分自身と向き合うことを決意した。
カイトは自傷行為をやめ、数学以外の分野にも興味を持つようになった。友達と遊んだり、運動をしたり、色々なことに挑戦することで、数学以外の喜びを見つけることができた。
そして、数学オリンピック当日。カイトは自分の数学の才能を信じ、冷静に問題に挑んだ。カイトは、ユイの助けを借りることなく、全ての問題を解ききった。
カイトは数学オリンピックで金メダルを獲得した。表彰台で、カイトはユイの姿を見つけた。ユイはカイトに笑顔で手を振っていた。
カイトはユイに感謝の気持ちを伝えようと、駆け寄った。「ユイ…ありがとう…」
ユイはカイトを抱きしめ、祝福した。「おめでとう、カイト君。あなたの努力が実ったんだね」
カイトはユイの温もりに触れ、自分の気持ちに気付いた。カイトがユイに抱いていたのは、依存心ではなく、恋愛感情だったのだ。
「ユイ…好きだ…」カイトは勇気を振り絞って告白した。
ユイは少し驚いた表情を見せた後、微笑んだ。「私も、カイト君のことが好きだよ」
二人は手を取り合い、夕焼け空の下を歩き出した。二人の間には、依存ではなく、信頼と愛情で結ばれた絆が生まれていた。
カイトは、数学を通して成長し、恋愛を通して、真の強さを手に入れたのだった。 数学だけではなく、人と人との繋がりが、自分を強くしてくれることを知った。そして、時には人に依存することも悪くないと、学んだ。
数年後、カイトは世界的な数学者になり、ユイは数学教師になった。二人は数学を通して、多くの人々に希望と感動を与え続けている。
ある日、教壇に立つユイの姿を、カイトはそっと見守っていた。「あの時、もしユイに出会っていなかったら、今の僕はなかっただろう…」カイトは心の中で呟いた。
夕焼け空の下、二人は再び手を取り合い、未来へと歩き出した。二人の数学と恋愛の物語は、これからも続いていく。
カイトは、あの時初めてユイと出会った時のことを思い出す。あれは依存なのだろうか、それとも恋愛なのだろうか。今となっては、どちらでも良かった。大切なのは、ユイと出会えたこと、そして、共に成長できたことなのだから。
今、カイトは妻であるユイの肩にそっと手を置く。互いに依存しあうのではなく、支え合い、愛し合う二人の関係は、誰よりも強いものとなっていた。