死後の療養所と、閉ざされた心、そして小さな光

Drama 14 to 20 years old 2000 to 5000 words Japanese

Story Content

ショウは目を開けた。見慣れない白い天井。鼻をつく消毒液の匂い。ここはどこだ? 彼は記憶を辿ろうとしたが、頭に靄がかかったようにぼんやりとしている。
「ここは…死後の世界よ」
優しく声をかけてきたのは、看護師らしき女性だった。彼女は微笑みながらショウに状況を説明した。ショウは、ある出来事から死んでしまったのだ、と。
ショウは、転生することもなく、ほとんど生きる世界と同じ死後の世界の『療養所』と呼ばれる場所に送られることになった。療養所は、死んだばかりで精神的に不安定な魂が、死を受容し、新しい生活に適応するための施設だった。
しかし、ショウにとって、ここは楽園ではなかった。生きているときから引き継いだ孤独感は、死後の世界でも彼を苦しめた。彼は次第に心を閉ざし、療養所の個室に引きこもるようになった。
8年の月日が流れた。その間、ショウは誰とも話さず、部屋から一歩も出なかった。食事もほとんど摂らず、ただ天井を見つめて過ごしていた。死んだら楽になると思っていたのに、死後の世界には死後の世界なりの苦しみがあることに気づいてしまったのだ。その苦しみとは、死にたくても死ねないという残酷な事実
ある日、ショウの部屋のドアをノックする音が聞こえた。無視しようとしたが、ドアの向こうから優しく声をかけられた。
「あの…私、成香(なるか)って言います。少しだけ、お話しませんか?」
最初は無視していたショウだが、毎日毎日、成香は根気強くドアをノックし、声をかけてきた。彼女の優しい声に、ショウは少しずつ心を動かされていった。
ある日、ショウは意を決してドアを開けた。そこに立っていたのは、明るい笑顔の少女、成香だった。
「こんにちは、ショウさん!」
成香はショウを療養所の庭に連れ出した。太陽の光が、久しぶりにショウの肌を照らした。花の香り、鳥のさえずり…全てが新鮮で、まるで別の世界のようだった。
成香はショウに、自分の死因について、そして死んだ時の気持ちについて話してくれた。彼女もまた、辛い過去を抱え、死後の世界で苦しんでいたのだ。
成香の話を聞きながら、ショウは初めて、自分の気持ちを素直に話せるようになった。彼は自分の孤独、恐怖、そして後悔を、全て成香に打ち明けた。
成香はショウの言葉をじっと聞き、優しく頷いた。「あなたは一人じゃない。私も、ここにいるみんなも、あなたと同じように苦しんでいる。でも、一緒に乗り越えていきましょう?」
成香との出会いをきっかけに、ショウは少しずつ8年間受け入れられなかった「自分が死んだこと」受け入れられるようになっていった。彼は他の療養者の人たちとも交流し、自分の過去と向き合うことを決意した。
ショウはカウンセリングを受け始めた。セラピストは、彼の心の奥底にある傷を丁寧に掘り起こし、癒していった。
カウンセリングの中で、ショウは自分の死因を思い出した。それは、不慮の事故だった。彼は幼い頃から両親を事故で亡くし一人で生きていくことを強いられてきた。その孤独と絶望から逃れるため、彼は危険な場所に立ち入ってしまったのだ。
ショウは、自分の過去の選択を後悔した。しかし、セラピストは言った。「後悔しても、過去は変えられない。大切なのは、過去から学び、未来に向かって進むことだ」
ショウは、成香や他の療養者の人たちに支えられながら、少しずつ回復していった。彼は自分の経験を活かし、他の死んで間もない人たちの心のケアをするボランティア活動を始めた。
8年間引きこもっていた療養所の個室から外に出て自分自身の過去と向き合ったショウは、死後の世界でようやく、本当の意味での生きる喜びを見つけた。それは、誰かの役に立つこと、そして、愛することを知ることだった。
そして、ショウは成香と共に、死後の世界で新しい人生を歩んでいくことを決意した。それは、生きていた時には決して得られなかった、穏やかで温かい日々だった。
空には、 ショウ成香を祝福するかのように、美しい虹がかかっていた。