死後の療養所と八年間の孤独:ショウと成香の物語

Drama 21 to 35 years old 2000 to 5000 words Japanese

Story Content

僕は死後の世界で目を覚ました。EPR97809、ショウと呼ばれる存在として。
生前と変わらない、どこか懐かしい風景が広がっていた。
しかし、ここは生きている世界ではない。療養所という場所で、転生することもなく、ただ時間が過ぎていく。
生きていた頃から受容できなかった自分自身を、ここでも受容することができなかった。
孤独は、まるで底なし沼のように僕の心を蝕んでいった。
そして、僕は療養所の個室に引きこもることになる。八年という長い時間。
死んだら楽になると思っていた。だが、死後の世界にも苦しみがあることを知った。
それは、二度と死ぬことができないという、残酷な現実。
毎日、同じ夢を見た。燃え盛る炎。息苦しさ。絶望。
「ショウさん、いらっしゃいますか?」
扉の向こうから、優しい女性の声が聞こえる。
無視した。どうせ誰も僕のことなんか理解できない。
「ショウさん、少しだけお話しませんか?無理強いはしませんから」
その声の主は、毎日僕の部屋を訪ねてきた。名前は成香さんと言った。
「死んだ人間と話して何になる?」
とうとう僕は口を開いた。八年ぶりに。
「生きていた頃のあなたと、何か違うんですか?」
成香さんの言葉は、僕の心にわずかな光を灯した。
「どうせ、僕のことなんか知らないくせに」
「知りません。でも、知りたいと思っています」
その日から、僕は少しずつ成香さんと話すようになった。
彼女は僕の過去を聞き出そうとはしなかった。ただ、そばにいてくれた。
「ショウさんは、何か後悔していることってありますか?」
あるよ。たくさん。
「たとえば?」
言えるわけがない。あんなこと。
「無理にとは言いません。ただ、話すことで楽になることもあるかもしれません」
時間がゆっくりと過ぎていくにつれて、僕は少しずつ変わっていった。
ある日、成香さんは僕を療養所の庭に連れ出してくれた。
八年ぶりに見る外の世界は、眩しかった。
花が咲き、鳥がさえずり、風が優しく頬を撫でる。
「綺麗ですね」
成香さんの言葉に、僕は頷いた。
「ショウさんも、綺麗ですよ」
「…綺麗?」
「ええ。辛い過去を乗り越えて、今こうしてここにいるショウさんは、とても綺麗です」
僕は初めて、自分の存在を肯定された気がした。
「そろそろ、死因のことを考えてみませんか?」
成香さんの言葉に、僕は凍り付いた。
思い出したくもない。あの日のことを。
「無理強いはしません。でも、向き合わない限り、あなたは前に進めないかもしれません」
僕は沈黙した。考えたくない。思い出したくない。
しかし、成香さんの言葉は、僕の心を揺さぶった。
夜、僕は悪夢を見た。燃え盛る炎。逃げ惑う人々。そして、幼い息子の泣き叫ぶ声。
目が覚めた時、僕は全身汗だくだった。
朝、僕は成香さんに会いに行った。
「話したいことがあります」
僕は震える声で、あの日のことを語り始めた。
会社は倒産寸前だった。借金は膨らみ、首が回らない。妻は病に倒れ、入院していた。
幼い息子を抱え、僕は絶望の淵に立たされていた。
そして、僕は決断した。息子だけは、生きてほしいと願った。
「僕は…僕は、家に火を放ったんです。息子を残して…」
涙が止まらなかった。後悔の念が、僕の心を締め付ける。
死後、息子は施設に預けられたと聞きました。元気にしているでしょうか…」
成香さんは何も言わなかった。ただ、僕の肩を抱きしめてくれた。
「あなたは…本当に、辛かったんですね」
数日後、成香さんは僕にある写真を見せてくれた。
それは、成長した息子の写真だった。
立派な青年に成長し、大学に通っているらしい。
「彼は…生きている」
涙が溢れてきた。安堵の涙。
「ええ。彼は、あなたが願った通り、強く生きています」
僕は、自分の罪深さを改めて感じた。
それでも、息子の成長を知ることができたのは、僕にとって唯一の救いだった。
「僕は…これから、どうすればいいんでしょうか?」
「あなたは、彼を見守り続けることができます。そして、彼のために、生きて…いいえ、死後を生きるのです」
僕は、初めて未来に希望を持った。
僕は、療養所の生活を続けながら、少しずつ前向きに生きるようになった。
過去の過ちを受容し、息子のために、死後の世界でできることを探し始めた。
数年後、僕は療養所のボランティアとして、他の死後の世界に来た人々の心のケアをするようになった。
過去の僕のように、苦しんでいる人々の話を聞き、寄り添う。
ある日、僕は奇妙な感覚に襲われた。まるで、息子が危機に瀕しているかのような。
「どうしたんですか、ショウさん?」
成香さんが心配そうに尋ねる。
「息子が…何かあったのかもしれません」
僕の予感は的中した。現実世界で、息子は深い悩みを抱え、を考えていた。
息子は、父と同じように、自ら命を絶とうとしていたのだ。
その時、僕は息子の夢の中に現れた。
「〇〇!ダメだ!死ぬな!」
僕は必死に叫んだ。声を枯らし、涙を流しながら。
息子の夢の中で、僕は過去の過ちを謝罪した。そして、生きてほしいと、心の底から願った。
「お父さんは、間違っていた。〇〇、お前は生きるんだ。生きて、幸せになってくれ!」
僕の声は、息子の心に響いた。
息子は、自殺を思いとどまった。そして、生きることを決意した。
数日後、成香さんが僕に笑顔で告げた。
「息子さんは、大丈夫です。彼は、生きていくことを選びました」
僕は、涙が止まらなかった。喜びと安堵の涙。
僕は、死後の世界で、もう一度人生をやり直すことができた。
過去の過ちを背負いながらも、未来への希望を抱いて、生きて… 死後を生きる。
それは、死後の僕に与えられた、償いの機会だった。
そして、いつか息子と再会できる日を信じて、僕は今日も療養所で人々の心のケアを続けている。
成香さんはいつもそばにいてくれる。彼女の笑顔は、僕の心を温かく照らしてくれる。
僕は、死後の世界で、ようやく受容することができた。自分自身の過ちを、そして、愛する息子のために生きるという使命を。
この死後の世界は、僕にとって新たな始まりだったのだ。