Drama
21 to 35 years old
2000 to 5000 words
Japanese
見慣れない天井だった。白くて、無機質な光を放っている。僕は、死んだのか?
最後に記憶にあるのは、あの雨の日のことだ。傘も差さずに、ずぶ濡れになって、ただ空を見上げていた。
声を出そうとしたが、喉がカラカラに乾いている。ゆっくりと体を起こすと、簡素なベッドと、小さな机、そして窓が見えた。
窓の外は、まるで現世と変わらない風景が広がっていた。ただ、どこかぼんやりとしていて、現実感が薄い。
そこに、看護師らしき女性がやってきた。穏やかな笑顔を浮かべている。
「おはようございます、ショウさん。気分はいかがですか?」
僕は首を横に振った。「ここは…どこなんですか?僕は…死んだんですか?」
女性は優しく頷いた。「ここは療養所です。あなたは死んで、こちらにいらっしゃいました」
「あなたは、少し休養が必要な状態です。無理せず、ゆっくりと回復してください」
それから、僕は療養所での生活を始めた。毎朝、決まった時間に食事が運ばれ、診察がある。暇なときは、本を読んだり、庭を散歩したりした。
しかし、心の奥底にある孤独感は、消えることがなかった。僕は、誰とも話さず、自分の殻に閉じこもっていた。
他の患者たちも、それぞれに苦しみを抱えているようだった。過去の後悔、未練、怒り…。
僕も、たくさんのものを抱えていた。妻との関係、残してきた息子のこと…。
ある日、僕は体調を崩した。頭痛がひどく、腹痛もする。下痢も止まらなかった。医者に診てもらうと、ストレスが原因だと言われた。
「あなたは、何か悩みを抱えているようですね。無理に話す必要はありませんが、誰かに相談することも考えてみてください」
僕は、自分の部屋に閉じこもった。布団にくるまって、ただひたすらに時間が過ぎるのを待った。それが8年間続いた。
8年間…。僕は、死後の世界で、さらに孤独を深めていた。生きているときと変わらない。いや、それ以上に苦しいかもしれない。
そんなとき、彼女に出会った。成香という、明るくて優しい女性だった。
成香は、僕の部屋の前で声をかけてきた。「こんにちは、ショウさん。お元気ですか?」
僕は、返事をしなかった。ただ、布団の中で身を潜めていた。
それでも、成香は毎日、僕の部屋にやってきた。無理に話しかけるのではなく、ただ、そこにいるだけだった。
ある日、僕は意を決して、彼女に話しかけた。「…あなたは、なぜ僕に構うんですか?」
成香は、微笑んで答えた。「だって、あなたは寂しそうだから」
その言葉に、僕は胸を打たれた。誰かに「寂しい」と言われたのは、いつ以来だろうか。
それから、僕は少しずつ、成香と話をするようになった。過去のこと、現在のこと、そして未来のこと…。
成香は、僕の言葉を注意深く聞いてくれた。そして、いつも励ましてくれた。
「あなたは、まだやり直せる。過去に囚われずに、前を向いて生きていきましょう」
僕は、成香の言葉に勇気づけられた。少しずつ、自分の殻を破り始めた。
療養所の庭を一緒に散歩したり、食事をしたりするようになった。他の患者たちとも、少しずつ交流するようになった。
ある日、成香は僕に言った。「ショウさん、あなたは、自分が死んだということを、まだ受け入れられていないんじゃないですか?」
僕は、自分が死んだということを、ずっと否定してきた。まるで、夢を見ているかのように。目を覚ませば、いつもの日常が戻ってくる、と信じていた。
成香は続けた。「あなたは、自分が死んだ原因を、知っていますか?」
僕は、頭を横に振った。記憶が曖昧で、はっきりと思い出せないのだ。
成香は、僕の手を握った。「大丈夫です。ゆっくりと思い出していきましょう」
僕は、成香に付き添われながら、過去の記憶を辿り始めた。
最初は、ぼんやりとした映像が浮かんできた。雨の日のこと、妻との言い争い、そして、炎の記憶…。
少しずつ、記憶が鮮明になってきた。僕は、妻からの長年の虐待に苦しんでいた。肉体的にも、精神的にも、限界だった。
そして、あの雨の日…。僕は、自分の家に火を放ったのだ。息子を残したまま。
死因を思い出した瞬間、僕は激しい後悔に襲われた。なぜ、もっと早く助けを求めなかったのか。なぜ、息子を残して死んでしまったのか。
僕は、泣き崩れた。声を出して泣いた。 八年間溜め込んでいた感情が、一気に溢れ出した。
成香は、僕を優しく抱きしめてくれた。「もう大丈夫です。あなたは、一人じゃない」
僕は、成香に支えられながら、少しずつ前を向いて生きていけるようになった。
過去を変えることはできない。しかし、過去から学び、未来を切り開くことはできる。
療養所での生活は、決して楽なものではなかった。それでも、僕は少しずつ成長していった。
ある日、療養所の職員が僕に言った。「ショウさん、あなたのご息子さんが、そちらに向かっているようです」
僕は、驚きと喜びで胸がいっぱいになった。 息子に会えるのか。生きていてくれたのか。
数日後、僕は療養所の玄関で、息子を待っていた。緊張で、手が震えていた。
そして、ついにその時が来た。一人の青年が、僕の目の前に現れた。
僕は、涙を堪えながら、頷いた。「…ああ、ショウだ」
息子は、僕に駆け寄り、抱きしめてくれた。暖かくて、懐かしい温もりだった。
息子は僕に「どうして…こんなことをしたんだ」と問い詰めた。
僕は、妻から受けてきた虐待と、追い詰められて自殺を選んだことを正直に打ち明けた。
息子は、悲しそうな表情を浮かべながらも、僕の話を静かに聞いてくれた。
僕は驚いて、息子に駆け寄った。「どうしたんだ?大丈夫か?」
息子は、青ざめた顔で、僕を見つめた。「僕も…そっちに行きたい…」
僕は、衝撃を受けた。まさか、 息子が後を追おうとしているのか。
「だめだ!!死ぬな!!」僕は、必死に叫んだ。「生きろ!! 生きて、幸せになってくれ!!それが、私の一番の願いだ!!」
僕の叫びが届いたのか、息子は少し落ち着きを取り戻した。「…分かった。生きる…」
死後の世界で、僕は息子と再会することができた。そして、生きる希望を見つけた。 死んだからこそ、 生きることの大切さを、改めて感じることができた。