Drama
21 to 35 years old
2000 to 5000 words
Japanese
目を開けると、見慣れない白い天井が広がっていた。ここは…どこだ? ぼく、ショウは、死後の世界にいた。
(…確か、僕は…)最後に見たのは、燃え盛る炎だった。死因は、考えたくもない。
案内されたのは、広大な療養所。生きている世界とほとんど変わらない、けれどどこか静寂に包まれた場所だ。転生を希望しない魂が集まるところらしい。
生きている時は、会社でのパワハラ、将来への不安、家族との軋轢…。多くの問題を抱え、心身共に疲れ切っていた。死んだら楽になると思っていた。
療養所の生活は、意外と規則正しい。食事、運動、カウンセリング…。
しかし、ぼくはすぐに心を閉ざした。過去のトラウマが受容を拒む。療養所の個室に引きこもり、気がつけば8年もの月日が流れていた。
(…何をやっているんだ、僕は。死んだ後までこんな…)
ドアが開くと、一人の女性が立っていた。優しい微笑みをたたえた、成香と名乗る女性だった。
「でも、ずっと一人でいらっしゃるみたいなので、気になって」成香は躊躇なく部屋に入り、ぼくの向かいの椅子に腰掛けた。
「勘、かな。ショウさんの瞳に、深い悲しみが見えたから」
彼女は、まるで全てを見透かしているかのようだった。しばらくの沈黙が流れた後、ぼくは口を開いた。
「…死にたい、でも死ねない。それが、この世界の苦しみだ」
成香は静かに頷いた。「そうですね。ここは、魂を癒す場所ですから」
「過去は変えられないけれど、解釈は変えられるかもしれません。ショウさんの心の傷、少しずつ教えてくれませんか?」
最初は戸惑った。けれど、成香の温かい眼差しに触れるうちに、閉ざしていた心が少しずつ開き始めた。
過去の苦しみ、未来への不安、そして、息子を残して逝ってしまった後悔…。
「そんなことありません。ショウさんは、辛かったんですね」
少しずつ、療養所の外に出るようになった。庭を散歩したり、他の魂と話したり。
ある日、成香が言った。「そろそろ、自分の死因と向き合ってみませんか?」
「無理ではありません。ショウさんなら、きっと乗り越えられる。私は、そばにいます」
深い呼吸を繰り返し、ようやく口を開いた。「…息子を残して、焼身自殺したんだ」
部屋に重い沈黙が訪れた。しばらくして、成香が口を開く。「理由を、聞いてもいいですか?」
「…もう、何もかも嫌だった。仕事も、家庭も、自分自身も。ただ、楽になりたかった」
「…息子さんは、ショウさんのことを、ずっと愛していましたよ」
涙が溢れ出した。止めることができなかった。成香はそっと、ぼくの背中をさすってくれた。
数日後、療養所で小さな集会が開かれた。テーマは、「過去との向き合い方」。ぼくは、自分の体験を語った。
「…僕は、間違いを犯した。息子を、深く傷つけてしまった。今でも、後悔している」
「でも、ここで立ち止まるわけにはいかない。僕は、償いをしたい。息子に、伝えたい。生きてほしいと」
会場からは、すすり泣く声が聞こえた。皆、それぞれ過去の傷を抱え、苦しんでいるのだ。
講演後、多くの魂が声をかけてくれた。「私も、頑張ります」「私も、過去と向き合ってみます」。
療養所での生活は、少しずつ変わり始めた。過去のトラウマを抱えた魂たちが、互いを支え合い、励まし合う。
そして、ぼくは決意した。「現実世界に戻り、息子にメッセージを送ろう」
成香の助けを借り、ぼくは霊的な存在として、現実世界に干渉する方法を学んだ。
必死に息子の居場所を探した。手がかりは少なかったが、8年という歳月は、息子を成長させていた。
そしてついに、息子を見つけた。立派な青年に成長していた。
しかし、息子の様子がおかしいことに気づいた。表情は暗く、目はうつろだった。
息子は、高いビルの屋上に立っていた。手すりを乗り越え、今にも飛び降りようとしている。
その時、奇跡が起きた。息子が、ピタリと動きを止めた。
まるで、何かに気づいたかのように、ゆっくりとこちらを向いた。
次の瞬間、息子は手すりから降り、涙を流しながら、屋上を後にした。
「ショウさん、よく頑張りましたね。息子さんは、きっと大丈夫です」
「…ありがとう、成香。君がいなければ、僕は、まだ死の世界で彷徨っていたかもしれない」
「いいえ、私ができることは、ほんの少しだけ。ショウさん自身の力で、立ち直ったんです」
療養所での生活は、まだ続く。けれど、もう孤独ではない。過去の傷を抱えながらも、未来に向かって歩んでいく。
息子が生きている限り、ぼくもまた、死後の世界で、生き続けるだろう。
そしていつか、息子がぼくのもとに来た時、胸を張って「おかえり」と言えるように。