Drama
21 to 35 years old
2000 to 5000 words
Japanese
僕はショウ。 29歳で人生を終え、気づけば見慣れない場所に立っていた。空は灰色、建物は病院のよう。ここは死後の世界らしい。でも、楽園なんかじゃなかった。
転生も許されず、僕は療養所という場所に送られた。そこは、現世とほとんど変わらない風景だった。死んだ人間たちが、生きていた頃と同じように悩み、苦しんでいる。
『死んだら楽になる』なんて嘘だった。ここには、ここなりの苦しみがある。それは、死にたくても死ねないという絶望的な事実だ。
生きていた時から抱えていた孤独感は、死後の世界でさらに増幅した。僕は完全に心を閉ざし、頭痛や腹痛、軽い下痢などの体調不良を言い訳に、療養所の個室に8年間引き籠もってしまった。
ある日、部屋のドアがノックされた。「…どちら様ですか?」 僕は声を出した。訪ねてくる人なんて、滅多にいない。
「こんにちは、ショウさん。私、成香(なるか)って言います。少し、お話しませんか?」
成香さんは、明るい笑顔が印象的な女性だった。最初は警戒していたけれど、彼女の優しさに触れるうちに、少しずつ心を開き始めた。
「ショウさん、どうしてそんなに苦しそうなんですか?」 成香さんは、僕の目を見つめて言った。
「…死んだから、ですかね。生きている時も辛かったけど、死んでも何も変わらない。むしろ、逃げ場がない分、もっと辛い」 僕は正直な気持ちを話した。
「死んだことを受容できていないんですね。死んだ理由、つまり死因と向き合わない限り、前に進めませんよ」
「死因…ですか…」 僕は、過去を思い出すのが怖かった。きっと、目を背けてきた辛い記憶がそこにあるから。
「大丈夫。私が一緒にいます。少しずつ、思い出してみましょう」 成香さんは、僕の手を優しく握った。
成香さんと話すうちに、僕は少しずつ過去を振り返り始めた。それは、まるで閉ざされたパンドラの箱を開けるような作業だった。
子供の頃、僕は優しい両親に囲まれて育った。勉強も運動も得意で、友達もたくさんいた。平凡だけど、幸せな毎日だった。
しかし、高校生になった頃から、両親の関係が悪化し始めた。些細なことで喧嘩をするようになり、家の中はいつもピリピリした空気に包まれていた。
僕は、両親の仲を取り持とうと努力したが、うまくいかなかった。それどころか、両親は僕に不満をぶつけるようになった。
「お前は、何もわかってない!」 母は、よくそう叫んでいた。父は黙って酒を飲むだけだった。
大学に進学して家を出た僕は、ようやく安堵することができた。しかし、両親のことは常に気になっていた。
大学卒業後、僕は小さな会社に就職した。仕事は忙しかったけれど、充実した毎日を送っていた。
25歳の時、僕は同じ職場の女性と結婚した。彼女は優しくて明るく、僕のことをよく理解してくれた。
結婚して1年後、僕たち夫婦には子供が生まれた。男の子だった。僕は、生まれてきてくれた息子を心から愛した。
しかし、幸せな日々は長くは続かなかった。妻は、出産後から精神的に不安定になり始めた。些細なことで怒りっぽくなり、僕に暴言を吐いたり、暴力を振るったりするようになった。
最初は我慢していたけれど、妻の虐待はエスカレートする一方だった。僕は、身も心もボロボロになっていった。
「どうしてこんなことするんだ?」 僕は、妻に何度も問いかけた。しかし、妻はただ泣くだけだった。
僕は、誰にも相談することができなかった。情けない姿を誰にも見せたくなかったし、妻を離婚したくなかった。
虐待は、死への願望を育んだ。毎日が苦痛で、生きている意味を見失っていた。
ある日、僕はついに限界を迎えた。妻からの虐待に耐えきれなくなり、息子を残したまま、自室にガソリンを撒いて火をつけた。
炎に包まれる中、僕は後悔した。息子の顔が目に浮かび、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
そして、僕は死んだ。死因は焼身自殺。妻からの長年の虐待が原因だった。
「…そうだった…僕は、自殺したんだ…」 僕は、死因を思い出し、膝から崩れ落ちた。
成香さんは、僕を抱きしめた。「辛かったですね。よく頑張りました」
僕は、子供のように泣きじゃくった。 8年間、押し殺していた感情が、一気に溢れ出した。
成香さんは、ずっと僕のそばにいてくれた。そして、少しずつ、過去のトラウマを克服する手伝いをしてくれた。
ある日、成香さんは僕に言った。「そろそろ、外に出てみませんか? きっと、新しい発見がありますよ」
僕は、8年間ぶりに個室から出た。外の世界は、僕が想像していたよりもずっと明るかった。
療養所には、様々な境遇の人がいた。 病気で死んだ人、 事故で死んだ人、 自殺した人…みんな、それぞれの苦しみを抱えながら、死後の世界で生きていた。
僕は、療養所の人々と交流するうちに、少しずつ元気を取り戻していった。彼らも、僕と同じように苦しんでいることを知り、孤独感が和らいだ。
ある日、僕は療養所の庭で、 息子によく似た少年を見かけた。少年は、一人で絵を描いていた。
僕は、少年に近づき、「何を描いているの?」と尋ねた。少年は、僕の顔を見て、少し驚いた様子で答えた。「お父さんを描いているんだ」
「お父さんは、優しくて強い人だった。僕のことをいつも大切にしてくれた」 少年は、寂しそうな顔で言った。
僕は、胸が締め付けられるような思いがした。僕は、自分の犯した罪の重さを改めて感じた。
「…君のお父さんは、きっと君のことを愛しているよ」 僕は、少年にそう伝えた。
その夜、僕は成香さんに、 息子のことを話した。「僕は、 息子に謝りたい。そして、息子が幸せになることを願いたい」
成香さんは、僕に微笑みかけた。「きっと、あなたの想いは届きますよ」
ある日、療養所のテレビに、日本のニュースが流れた。ニュースでは、ある青年の自殺未遂事件が報道されていた。その青年は、僕の息子だった。
「死ぬな!」 僕は、テレビに向かって叫んだ。「絶対に、死ぬな! 生きていれば、きっと良いことがある! 僕は、お前を愛している!」
僕の声は、 死後の世界から現実世界に届くはずもなかった。しかし、その時、テレビの画面が少しだけ揺れたように見えた。
ニュースは、青年の自殺未遂が未遂に終わったことを伝えていた。青年は、一命を取り留めたらしい。
僕は、安堵の息を漏らした。 息子は、僕の叫びを聞いてくれたのかもしれない。
その後、僕は療養所で、穏やかな日々を送った。 死後の世界にも、希望はあると信じるようになった。
そして、いつか、 息子に再会できることを願っている。