Drama
21 to 35 years old
2000 to 5000 words
Japanese
静寂が満ちる白い空間。目を開けると、そこは見慣れない天井だった。EPR97809、通称ショウは、自分がどこにいるのか理解できなかった。
「ここは…どこだ?」かすれた声が、無機質な部屋に響く。記憶を辿ろうとするが、最後に覚えているのは強烈な熱と、息苦しさだけだった。
しばらくすると、白衣を着た女性が現れた。「おはようございます、ショウさん。ここは死後の世界にある療養所です」
女性は、ショウが死んでしまったことを告げた。転生はしないらしい。ここは、生前の記憶や感情を整理し、受容するための場所だという。
ショウは混乱していた。死因は曖昧なまま告げられ、ただ事故死として処理されていた。しかし、心の奥底には拭えない違和感が残った。
療養所での生活は、ショウにとって地獄だった。生前と変わらぬ孤独感に苛まれ、彼は自室に引きこもってしまった。8年の月日が、無為に過ぎていった。
「死んだら楽になると思っていたのに…」ショウは苦悶した。しかし、死後の世界には、死後の世界なりの苦しみがある。それは、死にたくても死ねないという絶望的な現実だった。
ある日、ショウの閉ざされた世界に、一筋の光が差し込んだ。療養所の庭で、花を育てている女性、成香に出会ったのだ。
成香は、ショウに優しく微笑みかけた。「その花、綺麗ですね」ショウは、思わずそう言った。
成香との出会いが、ショウの凍りついた心を少しずつ溶かし始めた。彼女は、無理に彼の過去を詮索せず、ただ傍に寄り添ってくれた。
「あなたは、どうしてここにいるんですか?」ある日、ショウは意を決して成香に尋ねた。
成香は静かに語り始めた。交通事故で愛する息子を亡くし、悲しみのあまり自ら命を絶ってしまったのだという。
「私は、息子に会いたい。でも、会えない…」成香の瞳から、涙がこぼれ落ちた。ショウは、彼女の悲しみに共鳴し、初めて自分の痛みに向き合うことができた。
成香に背中を押され、ショウは8年ぶりに自室から出た。療養所の庭は、色とりどりの花で溢れていた。それは、成香が育てた希望の光だった。
ショウは、成香と共に庭の手入れを始めた。土に触れ、花を育てるうちに、彼は少しずつ穏やかな気持ちを取り戻していった。
ある夜、ショウは成香に過去を語り始めた。幼い頃から親に愛されず、孤独の中で育ったこと。社会に出ても上手くいかず、常に生きる意味を見つけられなかったこと。
言葉を詰まらせながらも、彼は続けた。結婚し、愛する息子を授かった。しかし、経済的な苦しみと精神的な疲弊から、彼は追い詰められていったのだ。
ついに、彼は絶望の淵に落ち、焼身自殺という最悪の選択をしてしまった。「息子を残して…」ショウは泣き崩れた。
成香は、ショウを優しく抱きしめた。「あなたは、もう一人じゃない。私も、ここにいる」
ショウは、成香の言葉に救われた。彼は、自分の犯した罪と向き合い、償いをすることを決意した。
彼は、療養所の中でできることを探し始めた。同じように苦しんでいる人々の話を聞き、励まし、共に未来を語り合った。
時が経ち、ショウは療養所のリーダーのような存在になっていた。彼の周りには、多くの人々が集まり、笑顔が絶えなかった。
しかし、ショウの心には、常に息子への罪悪感が付きまとっていた。彼は、いつか息子に会って謝りたいと願っていた。
そんなある日、療養所に若い男性が運び込まれてきた。ショウはその男性を見て、息を呑んだ。彼は、大人になった息子の姿だったのだ。
息子は、ショウを見つけると駆け寄り、涙ながらに抱きしめた。「お父さん…!」
ショウは、息子に謝り続けた。「ごめん、ごめん…! お前を置いて、死んでしまって…!」
息子は、首を横に振った。「僕も…ずっと、お父さんに会いたかった」
しかし、息子の目は、どこか虚ろだった。彼は、ショウを追って死後の世界に来てしまったのだ。
ショウは愕然とした。彼は、息子の肩を掴み、必死に訴えた。「だめだ…! 死ぬな…! 生きて…! 生きて、幸せになってくれ…!」
ショウの声は、息子に届かなかった。息子は、微笑みを浮かべながら、ゆっくりと目を閉じた。
ショウは、再び絶望の淵に突き落とされた。しかし、今度は違った。彼は、成香の温かさ、療養所の人々の笑顔、そして何よりも、息子への深い愛情を知っていた。
彼は、もう一度立ち上がった。息子の分まで、精一杯生きることを決意したのだ。
療養所は、今日も穏やかな時間が流れている。ショウは、花壇に新しい苗を植えながら、空を見上げていた。
彼の瞳には、過去の罪への後悔と、未来への希望が宿っていた。そして、心の奥底には、息子への愛が永遠に灯り続けていた。
終わりはない。永遠の迷路のようなこの世界で、ショウは贖罪の道を歩み続ける。償いのリフレインは、いつまでも響き続けるだろう。