Drama
14 to 20 years old
2000 to 5000 words
Japanese
都会の片隅に建つ、古びたマンションの一室。重苦しい空気が漂う部屋の中で、不登校の中学生、健太はベッドにうつ伏せになっていた。窓から差し込む光も遮断され、部屋はまるで洞窟のように暗い。
彼の傍らには、空になった睡眠薬の瓶が転がっている。オーバードーズをしてしまったのだ。何度も繰り返してきた、自暴自棄な行動。
薄れゆく意識の中で、健太はかすかに誰かの声を聞いた気がした。「…ケンタ…?」
そして、次に彼が目覚めた時、目の前にいたのは、信じられない光景だった。そこに立っていたのは、メガネをかけた、見慣れない現代っ子の女子中学生。
彼女は少し怒ったような顔で、健太を見下ろしている。「もう!だから言ったじゃない!飲み過ぎだって!」
混乱する健太に、少女は自己紹介を始めた。「あたし?あたしはね…あなたの飲んでる睡眠薬、その擬人化された姿なのよ」
健太は唖然とした。夢を見ているのか、それとも本当に薬のせいで頭がおかしくなってしまったのか…。しかし、目の前にいる少女は、確かに実体を持っている。
少女は自己紹介を終えると、堰を切ったように愚痴をこぼし始めた。「もう、本当に勘弁してよ!毎日毎日、大量に飲まれてさ!こっちの身にもなってよ!」
健太は、自分の乱用していた薬が擬人化されたと聞いて、罪悪感を覚えた。彼女の苦しみは、自分のせいなのだ。
少女の名前はアオイ。人間になった喜びよりも、健太への依存と、彼自身の状態を心配していた。
アオイは健太の傍に寄り添い、少しずつ彼の心を解きほぐしていった。話を聞き、一緒に笑い、時には厳しく叱った。彼女との日々を通して、健太は少しずつ変わっていく。
アオイは、自分が薬として存在していた頃の記憶を少しずつ語り始めた。様々な人の苦悩と悲しみを吸い込み、それでも誰かを眠りに誘う使命を全うしてきた過去。
彼女の言葉を聞くうちに、健太は自分の孤独がいかに身勝手なものであったかを悟った。自分だけが苦しんでいると思っていたが、世界にはもっと多くの苦しみがあるのだ。
二人の間には、いつしか恋愛感情が芽生え始めていた。アオイは健太の優しさに惹かれ、健太はアオイの強さに惹かれていった。
しかし、擬人化された薬は、いつまでも人間の姿でいられるわけではない。アオイが薬に戻る日は、刻一刻と近づいていた。
ある日、アオイは深刻な表情で健太に言った。「私…そろそろ薬に戻らないといけないみたい」
健太はショックを受けた。「そんな…嫌だ。アオイがいなくなったら、また僕は…」
アオイは悲しそうな目で健太を見つめた。「健太、あなたはもう一人でも大丈夫。あなたは強くなった。それに、私はどこにもいなくならない。あなたの傍に、いつもいるよ」
別れの時が来た。アオイの体は徐々に光に包まれ、消え始めた。「健太…依存してたのは私の方だった。あなたが薬を引退して、次に生まれ変わるなら、あなたの子供に生まれ変わろっかな…。なんて。きっと20年は引退しないから無理か。」
光が消え、アオイの姿も消えた。健太は一人、部屋に残された。しかし、彼の心には、アオイとの日々が深く刻まれていた。
数年後、健太は大学生になっていた。過去の自分を乗り越え、友達に囲まれ、充実した日々を送っていた。あの時のアオイとの出会いが、彼の人生を変えたのだ。
彼はいつか、アオイに再会できると信じている。そして、今度こそ、彼女を守ると心に誓っている。
卒業を間近に控えたある日、健太は大学の講義を受けていた。教授が紹介したのは、薬学の研究をしている女性研究者。名前は…アオイといった。
講義後、健太はアオイに駆け寄った。「あの…もしかして、アオイさんですか?」
アオイは微笑んだ。「はい、そうです。何かご用ですか?」
健太は言葉を失った。彼女はあの時のアオイとは別人だった。記憶も、何もかも。
しかし、健太は諦めなかった。彼はアオイに、自分の過去と、あの日の睡眠薬の話を語り始めた。
アオイは最初は戸惑っていたが、健太の真剣な眼差しに心を動かされた。そして、少しずつ、彼女の記憶が蘇り始めた。
二人は再び出会い、そして再び恋愛を始めた。今度は、人間として、普通の恋人として。
アオイは、過去の記憶を取り戻す中で、薬として存在していた頃の使命感を思い出した。彼女は、人々の心と体を癒す、優れた薬学研究者になることを決意した。
健太は、そんなアオイを支え、共に成長していくことを誓った。二人は、それぞれの過去を乗り越え、新たな未来を築いていく。
そして、いつか二人の間に、小さな命が宿る日が来るかもしれない。その時、アオイはきっと、健太の子供に生まれ変わるだろう。アオイは心の中でそっと呟いた。「きっと素敵なパパになるわ」
彼らは知る由もなかった。アオイが擬人化された睡眠薬だった頃、数多の人々の苦しみを睡眠へと誘った、その副作用の歴史を…。いつか、その副作用が、二人に影を落とすかもしれない。