Drama
14 to 20 years old
2000 to 5000 words
Japanese
放課後の美術室、シンとした静寂が僕、ユウトを包み込んでいた。窓から差し込む夕陽が、キャンバスに広がる青色を一層深く染め上げる。いつもこの時間が好きだった。誰にも邪魔されず、自分の世界に没頭できる唯一の時間。
今日は、アオイをモデルにした絵を描いている。彼女の透明感のある瞳、風に揺れる柔らかな髪。それをキャンバスに再現しようと、何度も筆を走らせるが、なかなか上手くいかない。理想と現実のギャップに、苛立ちが募る。
アオイとの出会いは、高校入学式の翌日だった。校舎の裏庭で、ひとりで泣いている彼女を見つけた。何かあったのかと声をかけると、アオイは顔を上げ、潤んだ瞳で僕を見つめた。その瞬間、まるで時間が止まったかのような、不思議な感覚に襲われた。
それから、僕たちはいつも一緒にいるようになった。学校からの帰り道、カフェでの勉強会、休日の映画鑑賞。アオイと過ごす時間は、僕にとってかけがえのないものだった。彼女の笑顔を見るだけで、僕の心は満たされた。
しかし、アオイへの気持ちは、いつしか友情から恋愛へと変化していた。彼女のことが頭から離れない。アオイの声を聞くと、胸がドキドキする。この気持ちは、きっとアオイも同じだと信じていた。
ある日、僕は意を決してアオイに告白しようと思った。放課後、いつものように美術室で絵を描いていると、アオイがやってきた。「ねえ、ユウト」アオイは僕を見つめ、少し不安そうな表情で言った。「私…私、ユウトのこと、依存してるのかなって…」
その言葉に、僕は息を呑んだ。依存…まさか、アオイもそう思っていたなんて。僕の気持ちは恋愛なのに、彼女にとってはただの依存?
「どうしてそう思うんだ?」僕は震える声で尋ねた。「だって、ユウトがいないと、私…私、何もできないんだもん。 ユウトに頼りすぎて、自分で考えることを放棄してる気がするの」
アオイの言葉に、僕は何も言い返せなかった。依存。それは、僕が一番恐れていたものだった。僕はアオイの依存心を利用して、彼女を自分だけのものにしようとしていたのかもしれない。
その夜、僕は眠れなかった。恋愛と依存の違い。僕の気持ちは本当に恋愛なのか、ただの依存なのか。自問自答を繰り返すうちに、僕の心は深く傷ついていった。
朝、僕は学校に行けなかった。ベッドの中で丸くなり、過去の出来事を思い返していた。僕は、昔から他人に依存することが多かった。両親に依存し、友達に依存し、そして今、アオイに依存している。自分自身に自信がないから、誰かに頼らなければ生きていけない。僕は、そんな自分が嫌いだった。
気が付くと、僕はカッターナイフを手にしていた。過去にも何度か、自傷行為に走ったことがある。心の痛みをごまかすために、皮膚を切りつける。それは、一時的な逃避に過ぎないと分かっていたが、僕にはそれしかできなかった。
「やめろ!」突然、背後からアオイの声が聞こえた。アオイは息を切らし、目に涙をためていた。「ユウト、何やってるの?!」
「アオイ…」僕は呆然と立ち尽くした。どうして、アオイがここにいるんだ?「私…ユウトのこと、ずっと見てたよ。ユウトが苦しんでいること、私には分かってた」アオイは僕に近づき、優しく抱きしめた。
アオイの温もりに触れ、僕は堰を切ったように泣き出した。今まで隠してきた感情が、一気に溢れ出した。恐怖、不安、孤独。すべてをアオイに打ち明けた。
アオイは僕の言葉を静かに聞いていた。そして、僕が話し終わると、こう言った。「依存は、恋愛とは違う。でも、恋愛も依存から生まれることもある。大切なのは、お互いを尊重し、自分自身を大切にすること。 ユウトは、私にとってかけがえのない存在。だから、自分を傷つけないで。 私は、ユウトと一緒に、依存を克服したい」
アオイの言葉に、僕は救われた。初めて、誰かを頼るのではなく、誰かと一緒に生きていきたいと思った。それは、真実の恋愛に一歩近づいた瞬間だったのかもしれない。
それから、僕たちはカウンセリングに通い、お互いの依存心を理解し、克服するための努力を始めた。僕は、自分自身と向き合い、自信を持つために、色々なことに挑戦した。アオイも、僕を支え、励ましてくれた。
一年後、僕たちは大学生になった。恋愛関係はまだ続いていたが、以前のような依存はなくなっていた。僕たちは、お互いを尊重し、自分の夢に向かって歩んでいる。そして、たまに美術室を訪れ、あの日の絵を眺める。
あの絵は、未完成のまま残されている。それは、僕たちの未来を示しているのかもしれない。不完全かもしれないけれど、お互いを支え合いながら、少しずつ完成させていく。僕たちの恋愛は、まだ始まったばかりなのだから。
硝子の向こう側には、輝かしい未来が広がっている。そして、僕たちは手を繋ぎ、一緒に歩き出す。どんな困難が待ち受けていても、お互いを信じ、支え合いながら。きっと、乗り越えていけると信じて。
美術室に差し込む夕日は、僕たちの未来を祝福しているようだった。