Drama
14 to 20 years old
2000 to 5000 words
Japanese
降りしきる雨の中、駅のホームの片隅で、少女は凍えるように身を縮こませていた。透き通るような白い肌、憂いを帯びた大きな瞳、そして、雨に濡れて張り付いた漆黒の髪。彼女の名前は、蛍（ホタル）。１７歳。
「また、来ちゃった…」 蛍は小さく呟いた。ここにいる理由は、彼を待つため。彼とは、一週間前に初めて出会ったばかり。名前は、ユウキ。少し影のある、けれど優しい眼差しを持つ少年。二人は、同じ高校に通う生徒だった。
出会いは最悪だった。蛍は自傷行為が依存のように自傷行為を繰り返していて、学校をサボり、人気のない屋上でカッターナイフを手にしていた時、ユウキに声をかけられたのだ。「何してるんだ？」 彼は驚いたような、そして少し心配そうな顔で言った。
蛍はカッターナイフを咄嗟に隠し、「別に…」と答えた。ユウキは何も言わず、ただ静かに彼女の隣に座った。雨が降り始めた。二人はしばらく黙って雨を見つめていた。ユウキは突然、自分の腕を差し出した。「もし、どうしてもやりたいなら、俺ので我慢してくれ。」
その言葉に、蛍は激しく動揺した。初めて、自分の傷を真正面から受け止めようとしてくれる人が現れたのだ。「なんで…？」 蛍は震える声で聞いた。ユウキはただ微笑んだ。「理由は、ないよ。ただ、君が傷つくのを見たくないんだ。」
それからというもの、二人は毎日一緒に過ごすようになった。ユウキはいつも蛍のそばにいて、彼女の話を聞き、彼女を励ました。蛍は徐々に、ユウキに依存していく自分に気づいていた。彼の言葉、彼の存在、彼の優しさが、まるで麻薬のように彼女を依存させていった。
しかし、それは本当に恋愛なのだろうか？ 蛍はいつも自問自答していた。ユウキはただ優しいだけなのか、それとも、自分に特別な感情を抱いているのだろうか？ そして、自分は彼の優しさに依存しているだけで、恋愛感情は何も持っていないのではないか？
今日、蛍はユウキを駅で待っていた。彼はいつも、蛍と一緒に帰ってくれる。でも、今日はいつもより遅い。蛍は不安になってきた。もしかしたら、彼はもう来ないのかもしれない。もしかしたら、彼は自分の依存に嫌気がさしたのかもしれない。
ようやくユウキが改札から出てきた。彼は息を切らし、少し慌てた様子だった。「ごめん、遅くなった。ちょっと用事ができて…」 彼は蛍に謝った。
蛍はユウキの顔を見つめた。彼の瞳は、いつものように優しかった。しかし、その奥には、何か隠しているような、そんな影が見えた。 「何かあった？」 蛍は心配そうに聞いた。ユウキは一瞬ためらったが、すぐに口を開いた。「実は…」
ユウキは、重い口を開き、告げた。「父さんが、入院することになったんだ。」蛍は驚きを隠せなかった。「お父さんが？ 大丈夫なの？」 ユウキは悲しげな表情で頷いた。「詳しいことはまだわからない。でも、しばらく入院することになると思う。」
蛍はユウキの手を握った。「辛いね…。何か私にできること、ある？」 ユウキは蛍の手を握り返した。「ありがとう。でも、大丈夫だよ。心配しないで。」
その日から、ユウキは頻繁に病院へ行くようになった。蛍も一緒に病院へ行ったが、ユウキはいつも「大丈夫だから、ここで待ってて」と言った。蛍は病院のロビーで、ユウキを待ち続けた。そして、ユウキが病院から出てくるたびに、彼の顔色は悪くなっているように見えた。
ある日、ユウキは蛍に言った。「少し、距離を置きたい。」蛍は耳を疑った。「距離を…？ どうして？」 ユウキは辛そうな顔で答えた。「父さんのことがあって、少し、精神的に参ってるんだ。誰かと一緒にいる余裕がないんだ。」
蛍は、ユウキの言葉が胸に突き刺さった。自分が彼にとって、ただの依存対象だったのか、という思いが頭をよぎった。「私が、邪魔なの…？」 蛍は震える声で聞いた。ユウキは強く否定した。「そんなことない。君は、大切な人だよ。でも、今は、自分のことで精一杯なんだ。」
蛍は、何も言えなかった。ただ、涙が止まらなかった。ユウキは蛍を抱きしめた。「ごめんね。でも、きっと、また会えるから。」ユウキは蛍の肩を抱き、静かにキスをした。それは、まるで別れのキスだった。
ユウキが去った後、蛍は一人、雨の中を歩き続けた。涙と雨で、顔はぐちゃぐちゃだった。ユウキがいなくなった世界は、まるで色を失った絵のようだった。彼女にとって、彼は全てだった。彼の存在が、彼女の世界に色を与えていたのだ。
蛍は、再び自傷行為を始めた。カッターナイフを握る手が、震えていた。ユウキを失った悲しみ、そして、彼に依存していた自分が情けなくて、涙が止まらなかった。
しかし、その時、ユウキの言葉が頭をよぎった。「もし、どうしてもやりたいなら、俺ので我慢してくれ。」 蛍は、カッターナイフを握る手を止めた。そして、自分の腕を見た。そこには、無数の傷跡があった。それは、ユウキを悲しませた傷跡。
蛍は、深呼吸をした。そして、カッターナイフを捨てた。彼女は、ユウキのために、強くなろうと決めたのだ。彼が戻ってくるまで、自分が依存していた過去を乗り越え、強く生きようと決意した。
数ヶ月後、蛍は、以前よりもずっと明るく、そして強く生きていた。彼女は、依存を克服し、自分の足で立つことができるようになっていた。そして、いつかユウキに再会した時、彼に胸を張って会えるように、毎日を精一杯生きていた。
ある日、蛍は病院へ行った。ユウキのお父さんを見舞うために。ユウキは、蛍の訪問に驚いた様子だったが、すぐに笑顔になった。「来てくれて、ありがとう。」
ユウキのお父さんは、病室のベッドで穏やかに眠っていた。蛍は、ユウキのお父さんの手を握った。その手は、とても暖かかった。ユウキは、蛍に感謝の言葉を述べた。「父さんも、君が来てくれて、喜んでると思う。」
その後、ユウキは蛍を病院の屋上へ連れて行った。そこからは、街が一望できた。二人はしばらく黙って景色を見ていた。そして、ユウキが口を開いた。「父さんの病気は、思ったより深刻みたいだ。」
蛍はユウキの手を握った。「ユウキ…。辛いね。」 ユウキは少し微笑んだ。「でも、大丈夫だよ。君がいてくれるから。」蛍はユウキに抱きしめられた。その温もりは、以前よりもずっと暖かく感じられた。
そして、ユウキは蛍に告白した。「君のことが、好きだ。初めて会った時から、ずっと。」 蛍は驚きを隠せなかった。彼女は、ユウキの気持ちに、ずっと気づかないふりをしていたのだ。彼女もまた、ユウキのことを愛していた。彼の優しさ、彼の強さ、そして、彼の悲しみに。
「私も…」 蛍は、ユウキの胸に顔を埋めた。「私も、ユウキのことが好き。」 二人は、再び結ばれた。しかし、それは、ただ依存し合う関係ではなかった。それは、お互いを支え合い、共に困難を乗り越えていく、強い絆で結ばれた恋愛だった。
雨は止み、空には虹がかかっていた。蛍とユウキは、手をつないで、未来へ向かって歩き始めた。彼らの未来は、決して平坦な道ではないかもしれない。しかし、お互いを信じ、愛し合う二人の心は、どんな困難も乗り越えていけると信じていた。
硝子の季節は終わりを告げ、二人の歪んだ雨音は、いつしか美しいハーモニーを奏で始めるだろう。