Drama
14 to 20 years old
2000 to 5000 words
Japanese
夕暮れの空が、じんわりと茜色に染まっていく。高校二年生の僕は、屋上の手すりに肘をつき、変わり映えのない景色を眺めていた。ただ、今日の茜色は、いつもより少しだけ痛々しい気がした。
ふわり、と風が吹いて、僕の黒髪を撫でる。もうすぐ夏が終わる。終わってしまえば、またあの憂鬱な日常が始まるのだ。
教室ではいつも一人だった。いや、正確には、一人でいるように努めていた、というべきだろうか。過去の経験が、新しい人間関係を築くことを、酷く恐れているから。
中学校の頃、親友と呼べる存在がいた。彼の名前は、翔太。僕たちはいつも一緒にいた。昼休みも、放課後も、週末も。お互いの家に泊まり、ゲームをし、くだらない話で笑い合った。
けれど、いつからだろうか。僕の依存が、重荷になってしまったのは。僕は、翔太無しでは何もできない人間になっていた。まるで、彼がいないと呼吸すらできないような、そんな依存。
翔太は、最初は笑って受け止めてくれていた。でも、次第に彼の笑顔は消え、僕を見る目が冷たくなっていった。そして、ある日、彼は僕に言った。「もう、疲れた。」
その一言が、僕の心を深く傷つけた。僕は、彼を失った。彼を失っただけでなく、人間関係そのものを恐れるようになってしまった。
だから、高校に入ってからは、誰とも深く関わらないようにしていた。表面的な会話はするけれど、決して心の奥底は見せない。それが、僕の処世術だった。
それは、放課後の図書室でのことだった。僕は、窓際の席で本を読んでいた。すると、突然、目の前に影が落ちた。
顔を上げると、そこに立っていたのは、クラスメイトの少女だった。彼女の名前は、美咲。透き通るような白い肌に、大きな瞳が印象的な、美しい少女だ。
「あの、すみません。この席、空いていますか?」彼女は、少し不安げな声で尋ねた。
僕は、驚きで声が出なかった。まさか、彼女から話しかけられるなんて、思ってもみなかったから。「ああ、空いてるよ」ようやく、僕は言葉を絞り出した。
彼女は、にっこりと微笑んで、僕の隣に座った。そして、持っていた本を広げ、静かに読み始めた。
それからというもの、美咲は、毎日のように図書室に現れて、僕の隣に座るようになった。最初は緊張していた僕も、次第に彼女との会話を楽しめるようになっていった。
彼女は、僕の趣味や好きな音楽、そして過去のトラウマについて、優しく聞き出そうとした。僕は、最初は警戒していたけれど、彼女の誠実な眼差しに、少しずつ心を許していった。
ある日のこと、僕たちは、図書室からの帰り道、並んで歩いていた。夕焼けが、僕たちの影を長く伸ばしている。
「ねえ、君って、どうしていつも一人なの?」美咲は、唐突にそう尋ねた。
僕は、一瞬言葉を失った。この質問には、答えたくなかった。過去のトラウマを、彼女に話す勇気がなかった。
しかし、美咲は、僕の顔をじっと見つめていた。その瞳には、優しさと、ほんの少しの悲しみが宿っていた。
僕は、観念して、過去の出来事を話し始めた。翔太との依存関係、そして、彼に見捨てられたこと。僕は、全てを打ち明けた。
美咲は、何も言わずに、ただ静かに僕の話を聞いていた。そして、僕が話し終わると、そっと僕の手を握った。
その温もりが、僕の心を癒してくれた。僕は、初めて、誰かに頼ることの安心感を知った。
「辛かったね。でも、もう大丈夫だよ。私がいるから」美咲は、優しい声でそう言った。
その瞬間、僕は、自分の心が揺さぶられるのを感じた。これは、友情だろうか?それとも…?
「ありがとう」僕は、そう言って、俯いた。彼女の手の温もりが、熱を帯びていく。
美咲と出会ってから、僕の生活は少しずつ変わっていった。彼女のおかげで、僕は、少しずつ、過去のトラウマから解放されていった。そして、人間関係に対する恐怖心も、薄れていった。
しかし、美咲との関係は、必ずしも順風満帆ではなかった。彼女は、時々、不安定になることがあった。急に落ち込んだり、理由もなく涙を流したり。まるで、硝子のように繊細で、壊れやすい存在だった。
そんな彼女を見て、僕は、心配になった。そして、同時に、過去の自分の姿を重ね合わせていた。かつての僕は、まさに、彼女のような存在だったのだ。
僕は、美咲を支えたいと思った。彼女が、僕を救ってくれたように、今度は、僕が彼女を救いたい。それが、今の僕の願いだった。
ある日、美咲は、リストカットの跡が残る手首を僕に見せた。僕は、言葉を失った。彼女が、自傷行為をしていたことに、衝撃を受けた。
「ごめんね。迷惑かけて」美咲は、申し訳なさそうに言った。
「そんなことない。僕に話してくれて、ありがとう」僕は、彼女の手をそっと握り返した。そして、言った。「もう、一人で抱え込まないで。僕に頼って」
その日から、僕は、美咲と向き合い、彼女の心の闇に寄り添うようになった。彼女は、自分の過去の出来事や、抱えている苦しみについて、少しずつ語り始めた。そして、僕は、ただ黙って、彼女の話を聞き続けた。
美咲は、小さい頃から両親に放置され、愛されているという実感を持つことができなかった。そして、それが原因で、自己肯定感が極端に低くなってしまったのだ。
彼女は、自分には価値がない、誰からも愛されない、そう思っていた。そして、その絶望感を紛らわすために、自傷行為を繰り返していたのだ。
僕は、美咲の話を聞きながら、心が痛んだ。僕自身も、過去に自己否定の感情に苛まれたことがあったから、彼女の気持ちが痛いほど理解できた。
だからこそ、僕は、彼女を救いたいと思った。彼女に、生きる希望を与えたい。彼女に、自分自身を愛せるようになってほしい。それが、今の僕の使命だと感じた。
僕たちは、毎日、電話をしたり、メッセージを送り合ったりした。そして、週末には、一緒に映画を観たり、カフェに行ったりした。
そんな穏やかな日々の中で、美咲の表情は、少しずつ明るくなっていった。彼女の瞳には、かつての絶望ではなく、ほんの僅かだが、希望の光が宿るようになった。
ある日、僕は、学校からの帰り道、偶然、翔太に再会した。彼は、僕の顔を見るなり、憎悪に満ちた目で睨みつけてきた。
「お前…!よくも、俺を裏切ったな!」彼は、怒りに震える声で言った。
僕は、驚きと戸惑いで、何も言えなかった。彼は、どうしてこんなに怒っているのだろうか?
「お前は、俺を捨てて、別の女と仲良くしてるんだな!俺は、お前を許さない!」翔太は、そう言って、僕に殴りかかってきた。
僕は、抵抗しようとしたけれど、彼の怒りに押されて、なす術もなかった。彼は、容赦なく僕を殴り続けた。
気がつくと、僕は、地面に倒れていた。顔からは血が流れ、体中が痛んだ。
「覚えてろよ!お前に、必ず、復讐してやる!」翔太は、そう言い捨てて、立ち去った。
僕は、恐怖に震えながら、その場に蹲っていた。彼は、本当に復讐するのだろうか?僕は、どうすればいいのだろうか?
その夜、僕は、美咲に電話をかけた。声が震えていたので、彼女は、すぐに僕に何かあったことに気づいた。
「どうしたの?何かあった?」彼女は、心配そうな声で尋ねた。
僕は、翔太に襲われたことを、全て話した。すると、美咲は、激しく怒った。
「許せない!そんなこと、絶対に許せない!」彼女は、怒りに満ちた声で言った。
そして、彼女は、僕に言った。「もう、一人で悩まないで。私が、一緒に戦うから」
美咲の言葉に、僕は、救われた。彼女は、僕の盾となり、剣となって、共に戦ってくれると言うのだ。僕は、再び、彼女に感謝の気持ちでいっぱいになった。
翌日、美咲は、学校に来て、翔太に直接抗議した。彼女は、彼の行動を非難し、二度と僕に近づかないように警告した。
翔太は、美咲の勢いに気圧され、何も言えずに逃げ去った。
それからというもの、翔太は、僕に嫌がらせをしてくるようになった。彼は、僕の机の中にゴミを入れたり、僕の悪口を言いふらしたりした。
しかし、僕は、怯むことはなかった。なぜなら、僕には、美咲という心強い味方がいたからだ。
美咲は、僕と一緒に、翔太の嫌がらせに立ち向かった。彼女は、彼に反論したり、先生に相談したりして、僕を守ってくれた。
やがて、翔太は、嫌がらせを諦めた。彼は、孤独になり、孤立していった。
僕は、美咲と力を合わせて、困難を乗り越えた。そして、僕たちの絆は、さらに強くなった。
僕は、美咲と出会えたことに、心から感謝している。彼女は、僕の人生を変えてくれた。彼女は、僕に、生きる 希望を与えてくれた。
今、僕たちは、恋人同士だ。僕たちは、互いを愛し、支え合いながら、未来に向かって歩んでいる。
僕は、これからも、美咲を大切にしていきたい。彼女の笑顔を、いつまでも守り続けたい。それが、僕の願いだ。