硝子の翼

Drama 14 to 20 years old 2000 to 5000 words Japanese

Story Content

舞台は、夏の終わりを告げる花火大会の夜。人々の喧騒と花火の轟音が交錯する中で、蒼太は人混みを縫うように歩いていた。視線の先には、待ち合わせ場所の公園の入り口。
(モノローグ:また、今日も彼女を待たせてしまった。いつものことだ。いや、いつものことにしてしまっている。)
蒼太は、依存体質だった。幼い頃から、誰かに頼ることでしか自分の存在意義を見出せなかった。成績優秀で誰からも好かれる優等生の仮面を被っていたが、内心は常に不安と焦燥に駆られていた。
約束の時間を15分過ぎ、ようやく美咲が現れた。浴衣姿の彼女は、まるで夏の花の精のようだった。
「ごめん、蒼太。ちょっと道に迷っちゃって」
「大丈夫だよ、美咲。待ってただけだから」
(モノローグ:また、言ってしまった。全然大丈夫じゃないのに。本当は、ものすごく怒ってるし、悲しい。でも、彼女を失うくらいなら…)
美咲は、蒼太にとって特別な存在だった。初めて、自分の弱さを見せられる相手。彼女の笑顔を見るために、彼はどんなことでも我慢できた。それが、恋愛なのか、ただの依存なのか、自分でも分からなかった。
花火大会が始まり、夜空には次々と大輪の花が咲き誇った。美咲は、子どものように歓声を上げて喜んでいる。
蒼太は、そんな彼女の横顔を見つめていた。花火の光が、彼女の頬を赤く染めている。
「きれい…」
美咲の言葉に、蒼太は小さく頷いた。「うん、そうだね」
花火が終わり、人々が一斉に帰路につく。蒼太と美咲は、公園のベンチに座って休憩していた。
「蒼太は、将来何がしたいの?」
美咲の問いかけに、蒼太は言葉に詰まった。彼は、自分の将来のことなど考えたことがなかった。ただ、美咲と一緒にいられればそれで良かった。
「…まだ、分からない」
「そっか。私も、まだ漠然としてるかな。でも、何か夢中になれることを見つけたいなって思ってるんだ」
美咲の言葉に、蒼太は少し焦りを感じた。彼女は、自分の足で立とうとしている。それに比べて、自分は…
その夜、蒼太は自室でカッターナイフを手にした。自傷行為は、彼の依存をさらに加速させる行為であり、日々の苦しみから逃れるための唯一の手段だった。リストカットをすることで、一時的に心の痛みを麻痺させることができた。それは、まるで麻薬のようだった。
(モノローグ:僕は、美咲がいなければ何もできない。彼女がいない世界なんて、考えられない。だから…)
数日後、蒼太は美咲を遊園地に誘った。ジェットコースターに乗り、お化け屋敷で悲鳴を上げ、二人でクレープを食べた。まるで、普通のカップルのようだった。
しかし、蒼太の心の中には、拭い去れない不安があった。いつか、美咲は自分の元を離れていくのではないか。その恐怖が、彼を蝕んでいた。
遊園地の帰り道、蒼太は思い切って美咲に告白した。
「美咲、…ずっと前から、君のことが好きだった」
美咲は、驚いた表情で蒼太を見つめた。そして、しばらく沈黙した後、ゆっくりと口を開いた。
「…ありがとう、蒼太。でも、ごめんね。私は、蒼太のことを友達としてしか見れないの」
蒼太は、頭が真っ白になった。予想はしていた。けれど、実際に告げられると、まるで心臓をナイフで刺されたように痛かった。
「そっか…」
それから、二人の間には重苦しい空気が流れた。蒼太は、何も言えなかった。ただ、自分が世界で一番不幸な人間だと感じていた。
(モノローグ:やっぱり、僕は誰からも愛されないんだ。結局、僕は一人ぼっちだ…)
別れ際、美咲は蒼太に言った。「蒼太は、もっと自分のことを大切にしてあげて。誰かに頼ってばかりじゃなくて、自分の力で生きていけるようにならないと」
美咲の言葉は、蒼太の胸に深く突き刺さった。彼女は、全てを見抜いていた。自分の依存体質も、心の弱さも…
家に帰った蒼太は、自室に閉じこもった。そして、またカッターナイフを手にした。
(モノローグ:もう、何もかも嫌だ。生きてる意味なんて、ないんだ…)
その時、携帯電話が鳴った。画面には、美咲の名前が表示されている。
蒼太は、迷った。出るべきか、出ないべきか。しかし、結局彼は電話に出た。
「…もしもし」
「蒼太?…今、大丈夫? ちょっと話したいことがあるんだ」
美咲の声は、いつもより少し震えていた。
蒼太は、美咲に会うことにした。二人は、初めて会った公園のベンチに座った。
「蒼太、さっきはごめんね。あんな言い方しかできなくて…」
美咲は、俯いて言った。
「…ううん、気にしないで。僕こそ、ごめんね。迷惑かけて」
「違うの。あのね…、実は、私もずっと悩んでたんだ。蒼太のこと…、どう思ってるのか…」
美咲は、意を決したように顔を上げた。「蒼太といると、すごく安心する。でも、それは、恋愛感情とは違うのかなって…思ってた」
蒼太は、息を呑んだ。美咲も、同じように悩んでいたなんて…。
「でも、さっき、蒼太に告白されて、初めて気づいたの。私は、蒼太に依存してる。蒼太の優しさとか、一緒にいてくれる安心感とか…、それに甘えてるんだって」
美咲の言葉は、蒼太にとって衝撃だった。彼女も、依存していたのか。
「だから、私も変わらなきゃいけない。自分の足で立って、自分の力で生きていけるようにならないと」
美咲は、真剣な表情で蒼太を見つめた。「蒼太も、一緒に頑張らない? お互いに依存し合うんじゃなくて、支え合える関係になろうよ」
蒼太は、涙が溢れてくるのを堪えられなかった。美咲の言葉は、彼の心を優しく包み込んだ。
「…うん、頑張る。僕も、変わる。美咲と一緒に…」
その夜、蒼太は初めて、自傷行為をしなかった。美咲との会話が、彼の心を救った。彼女の言葉は、彼の未来に希望の光を灯した。
(モノローグ:僕は、まだ弱い。きっと、何度も挫折するだろう。でも、美咲がいる。彼女がいるから、僕は前に進める。)
翌日、蒼太はカウンセリングに通うことを決めた。自分の依存体質を克服するために、専門家の力を借りようと思ったのだ。
そして、美咲と共に、二人はそれぞれの道を歩み始めた。時にはぶつかり合い、時には励まし合いながら、少しずつ成長していった。
夏が終わり、秋が訪れた。公園の木々は、赤や黄色に色づき、美しい景色を作り出していた。蒼太と美咲は、いつものようにベンチに座っていた。
「ねえ、蒼太。最近、依存とか恋愛とか、そういうことばかり考えてたけど、やっと分かった気がするんだ」
美咲は、穏やかな笑顔で言った。
「何が?」
「一番大切なのは、お互いを尊重し合うこと。自分の気持ちを押し付けるんじゃなくて、相手の気持ちを理解しようとすること。そうすれば、きっとどんな関係でも、うまくいくと思うんだ」
蒼太は、深く頷いた。美咲の言葉は、彼の心に深く響いた。
(モノローグ:彼女は、変わった。僕も、少しは変われただろうか? まだまだ、道のりは長いけれど、僕は、きっと大丈夫だ。美咲がいるから。)
二人は、夕焼け空を見上げながら、静かに寄り添っていた。その姿は、まるで硝子の翼を持った二羽の鳥が、互いを支え合いながら、共に未来へと飛び立っていくようだった。
(エピローグ:それから数年後、蒼太と美咲は、それぞれの夢を叶え、共に歩むことを決意した。二人の関係は、依存恋愛という言葉では言い表せないほど深く、強く、美しいものになっていた。)