硝子の蝶は、脆く舞う

Drama 14 to 20 years old 2000 to 5000 words Japanese

Story Content

雨音が、絶え間なく窓を叩く。じめじめとした梅雨の匂いが、古びたアパートの一室に充満していた。窓辺に座る少女、アヤは、膝を抱え、ぼんやりと外を眺めていた。
アヤは、17歳。都会の喧騒から少し離れた場所にひっそりと暮らしている。幼い頃に両親を亡くし、親戚を転々とした後、今は一人暮らしだ。誰にも依存することなく、生きていくことを決めていた。
ある日、アヤは近所のカフェでアルバイトを始めた。そこで、彼女は一人の青年と出会う。
彼の名は、ユウト。少し影のある、憂いを帯びた瞳を持つ青年だった。初めて会った時、アヤは妙な胸騒ぎを感じた。
「いらっしゃいませ」
アヤは、ユウトに微笑みかけた。ユウトは、ほんの一瞬だけ、微笑みを返した。その笑顔は、どこか寂しげだった。
それからというもの、ユウトは毎日のようにカフェに現れるようになった。いつも同じ席に座り、コーヒーを飲みながら本を読んでいる。アヤは、彼のことが気になって仕方なかった。
ある雨の日、カフェが閉店した後、アヤは店の前で途方に暮れていた。傘を持っていなかったのだ。
「もしよかったら、僕の傘に入りませんか?」
背後からユウトの声がした。アヤは、驚いて振り返った。
ユウトは、手に持っていた傘をアヤに差し出した。アヤは、戸惑いながらも、彼の傘に入れてもらった。
二人は、無言で雨の中を歩いた。アヤは、ユウトの横顔をじっと見つめていた。その時、彼女は、初めて恋愛という感情に気づいた。
カフェでのアルバイト中、ユウトの繊細さ、優しさに触れるにつれ、アヤの心は次第にユウトへと傾いていった。彼はいつもアヤを気遣い、励ましてくれた。アヤは、ユウトに依存し始めていた。
しかし、ユウトには誰にも言えない過去があった。彼は、幼い頃に母親を亡くし、父親から虐待を受けて育ったのだ。その傷は深く、彼の心を蝕んでいた。心の闇を抱えたユウトは、リストカットを繰り返していた。それは自傷行為であり、彼の苦しみの現れだった。
ある日、アヤはユウトの腕に包帯が巻かれているのを目にした。
「それは…?」
アヤは、心配そうに尋ねた。ユウトは、言葉を濁し、曖昧に笑った。
「ちょっとした怪我だよ」
しかし、アヤはユウトの嘘を見抜いていた。彼女は、ユウトの苦しみを理解したいと思った。ユウトを救いたいと思った。彼女自身も孤独の中で生きてきたからこそ、ユウトの心の痛みが分かった。
アヤは、ユウトに自分の過去を打ち明けた。彼女は、両親を亡くしたこと、親戚を転々としたこと、そして、孤独と戦ってきたことを話した。
ユウトは、アヤの言葉に耳を傾け、静かに涙を流した。
「君も、辛い思いをしてきたんだね」
ユウトは、アヤの手を握りしめた。その手は、震えていた。
二人は、互いの傷を分かち合い、寄り添って生きていくことを決めた。アヤは、ユウトの依存を受け止め、彼を支えようとした。そして、ユウトもまた、アヤの心の支えになろうとした。
しかし、ユウトの心の傷は、そう簡単に癒えるものではなかった。彼は、時折、アヤに冷たい言葉を浴びせることがあった。アヤを拒絶し、突き放そうとすることもあった。
「君には、僕の気持ちなんて分からないんだ」
ユウトは、そう言って、アヤを傷つけた。アヤは、ユウトの言葉に深く傷つき、涙を流した。
しかし、アヤはユウトを諦めなかった。彼女は、ユウトを愛していた。そして、ユウトの心の闇を照らしたいと願っていた。アヤは、何度も何度も、ユウトに寄り添い、励まし続けた。
ある日、ユウトはアヤにこう言った。
「僕は、君に依存しているのかもしれない」
ユウトは、涙ながらに、そう告白した。アヤは、ユウトを抱きしめ、優しく言った。
「私も、あなたに依存しているわ」
二人は、互いに依存し合い、支え合って生きていくことを決めた。それは、決して簡単な道ではない。しかし、二人は、愛の力で、どんな困難も乗り越えていけると信じていた。
しかし、その道のりは想像以上に困難だった。ユウトの自傷行為は止まらず、アヤの精神も次第に疲弊していった。カフェでのアルバイトも続けられなくなり、二人は経済的にも困窮していく。
そんな中、アヤはユウトの過去と向き合うことを決意する。彼を虐待していた父親に会いに行き、彼の苦しみの根源を探ろうとしたのだ。
アヤがユウトの父親に会った時、そこで信じられない事実を知る。ユウトの父親もまた、自身の親から虐待を受けて育ち、その連鎖を断ち切ることができずにいたのだ。
その事実を知ったアヤは、ユウトに全てを打ち明けた。ユウトは父親の過去を知り、激しく動揺するが、アヤの献身的な愛に支えられ、少しずつ過去と向き合うようになっていった。
そしてついに、ユウトは自傷行為を止めることができた。アヤと共にカウンセリングに通い、過去のトラウマと向き合い、新しい自分へと生まれ変わろうと努力したのだ。
数年後、二人は小さなアパートを出て、海が見える街に引っ越した。ユウトはプログラマーとして働き、アヤは絵を描きながら、カフェを再びオープンする夢を追いかけている。
海岸で夕日を眺める二人。互いに寄り添い、温かい笑顔を交わす。二人の間には、過去の傷跡が確かに残っているが、それを乗り越え、新たな幸せを築き上げようとしている。
依存という名の絆から生まれた二人の愛は、脆い硝子の蝶のように繊細だが、互いを支え合うことで、強く羽ばたいていく。
初めて出会ったあの雨の日、アヤは依存なのか恋愛なのか悩んでいた。しかし今ならわかる。二つの感情は深く絡み合い、分かちがたいものだったのだと。そして、その感情こそが、二人を繋ぐかけがえのない絆となったのだ。