Drama
14 to 20 years old
2000 to 5000 words
Japanese
夕暮れの校舎裏。風に舞う桜の花びらが、二人の影を曖昧にぼかしていた。佐倉結衣は、数学の問題集を抱え、微かに震える声で尋ねた。「ねぇ、和也。この問題、どうしても解けないの。教えてくれない?」
沢村和也は、俯いたまま答えた。「…分かってる。結衣にはいつも迷惑かけてるって。でも、他に頼れる人がいないんだ…」
結衣は和也の依存的な態度に、小さなため息をついた。出会った頃から、和也はいつも結衣を頼ってきた。勉強のこと、人間関係のこと、そして、将来のこと…。最初はただのクラスメイトだった二人の関係は、いつしか、まるで姉弟のようになっていた。
初めて出会ったあの日、結衣は和也の暗い瞳に、何か言いようのない魅力を感じていた。困ったように眉をひそめる表情や、時折見せる儚い笑顔に、胸が締め付けられるような感覚を覚えたのだ。それが依存なのか、それとも…恋愛なのか? 当時の結衣には、まだ区別がつかなかった。
「依存じゃないよ、和也」結衣は微笑みかけ、和也の数学の問題集を覗き込んだ。「私たち、友達でしょ?友達なんだから、助け合うのは当然だよ」
しかし、結衣の言葉はどこか空虚に響いた。和也の瞳は、不安げに揺れている。結衣の優しさに安堵しながらも、その優しさがいつか消えてしまうのではないかと恐れているようだった。
和也の過去には、深い傷跡が残されていた。中学校時代、唯一の親友だった男の子との関係を、過剰なほどに深めてしまったのだ。何をするにもいつも一緒。まるで影のように互いを追いかけ、依存し合う日々。しかし、そんな関係は長くは続かなかった。
ある日、親友は突然、和也から距離を置くようになった。「お前といると息が詰まるんだ」と告げられた時の絶望は、今も和也の心を深く蝕んでいた。その経験以来、和也は他人との深い関わりを極度に恐れるようになってしまった。誰かを依存すること、そして、誰かに依存されることを、ひどく恐れていた。
一方、結衣は数学の才能に恵まれ、将来は数学者になることを夢見ていた。しかし、数学の奥深さに触れるほど、自分の才能の限界を感じるようになり、密かに焦りを感じていた。そんな時、和也の存在が、結衣にとって心の支えとなっていた。
ある日、結衣は和也の腕に、痛々しい傷跡を見つけてしまった。「和也、これは…?」
和也は顔色を変え、口ごもった。「…ただの、切り傷だよ。気にしないで」
しかし、結衣は納得しなかった。それは、明らかに自傷の跡だったのだ。結衣は、和也の苦しみに気づきながらも、どうすることもできない自分に、深い無力感を覚えていた。
その夜、結衣は眠れぬ夜を過ごした。和也の依存と自傷。そして、自分自身の将来への不安。それらが複雑に絡み合い、結衣の心を押し潰していた。
翌日、結衣は和也に、思い切って自分の気持ちを打ち明けた。「私ね、和也の数学の才能が、本当に羨ましいの。私にはないものを持っているって、すごく感じるの。だから、私、和也に頼ってばかりじゃなくて、和也の力になりたい」
和也は驚いたように目を見開いた。「結衣が、僕を?そんな…」
「そうよ。私たち、お互いに支え合える存在になりたいの。だから、これからは、もっと色々なことを話してほしい。辛いこととか、悩んでいることとか…全部」
和也はしばらく黙っていたが、やがて、ぽつりぽつりと話し始めた。中学校時代のトラウマ。そして、自分自身の存在意義に対する疑念。和也の言葉は、重く、暗く、そして、痛々しかった。
結衣は、ただ静かに和也の話を聞いていた。時折、相槌を打ち、時折、涙を流しながら。結衣は、和也の心の奥底に潜む孤独と絶望を、痛いほど感じていた。
話し終えた和也は、安堵したような表情を浮かべた。「ありがとう、結衣。話せて、少し楽になった」
結衣は、和也の手をそっと握った。「和也。あなたは、一人じゃない。私がいるよ。これからも、ずっと一緒にいようね」
その日から、二人の関係は少しずつ変わり始めた。和也は、少しずつ結衣に心を開き、結衣もまた、和也の才能を認め、数学の勉強に対するモチベーションを高めていった。
しかし、依存の影は、依然として二人につきまとっていた。結衣が数学の研究で忙しくなると、和也は不安を募らせ、結衣に過剰な連絡をするようになった。また、和也の自傷行為も、完全には止まらなかった。
ある日、結衣は数学の難問にぶつかり、行き詰まりを感じていた。和也に相談しようと思ったが、彼の依存的な態度に辟易していた結衣は、一人で解決しようと試みた。しかし、どうしても解けない。
結衣は、自暴自棄になり、数学の問題集を床に投げつけた。「もう、嫌だ!私には才能なんてないんだ!」
その時、和也が部屋に入ってきた。床に散らばった問題集を見て、和也は何かを察した。「結衣…どうしたの?」
結衣は、涙ながらに自分の苦しみを訴えた。「和也はいいわよね。才能があって。私は、いくら頑張っても、和也には追いつけない。もう、数学なんて辞めてしまいたい」
和也は、静かに結衣の言葉を聞いていた。そして、ゆっくりと口を開いた。「結衣…それは違うよ。確かに、僕には少しばかりの才能があるかもしれない。でも、それは結衣が努力してきたからこそ、気づけたことなんだ。結衣の頑張りを見て、僕も数学をもっと好きになったんだ」
結衣は、ハッとした。和也の言葉は、結衣の心を強く揺さぶった。そうだった。和也は、結衣の努力をずっと見ていてくれたのだ。そして、結衣の数学に対する情熱を、誰よりも理解してくれていたのだ。
「それに、結衣。僕は、結衣がいなかったら、今頃どうなっていただろうか…想像もできない。結衣は、僕にとって、なくてはならない存在なんだ」
和也の言葉を聞いて、結衣は自分のエゴに気づいた。自分だけが苦しんでいると思っていたが、和也もまた、自分を必要としてくれていたのだ。二人は、お互いに支え合い、依存し合いながらも、成長していく存在なのだ。
結衣は、床に落ちた問題集を拾い上げ、和也に微笑みかけた。「ありがとう、和也。もう少しだけ、頑張ってみる」
そして、二人は再び、数学の問題に向き合った。今度は、一人ではなく、二人で力を合わせて。結衣と和也の未来は、まだ不透明だが、少なくとも、二人は互いを支え合い、共に生きていくことを決意した。
桜の花びらが舞い散る校舎裏。二人の影は、夕日に染まり、ゆっくりと伸びていった。依存と恋愛の境界線は、依然として曖昧だが、二人の間には、確かに、確かな絆が生まれていた。そして、その絆は、これからも、二人の数学者としての道を照らし続けるだろう。