虚数解の向こう側

Drama 14 to 20 years old 2000 to 5000 words Japanese

Story Content

駅のホーム、夕暮れの空気が冷たい。リュックを背負った、湊斗(みなと)は、手すりに凭れ、向かいのホームを見つめていた。そこに、彼女、灯里(あかり)がいる。
灯里は、スマートフォンを操作しながら、時折顔を上げ、周囲を警戒している。何かを待っているようだった。
湊斗は、彼女の姿を見るだけで、胸が締め付けられるような感覚に襲われた。この感覚は、一体何なのだろう。恋愛、なのか?それとも、ただの依存なのか?
初めて会ったのは、高校の入学式。湊斗は、人見知りが激しく、誰とも話せずにいた。そんな時、灯里が声をかけてきたのだ。「ねえ、一緒にお昼食べない?一人だと寂しいでしょ?」
灯里の笑顔は、まるで太陽のようだった。その日から、二人はいつも一緒にいた。勉強も、遊びも、悩み事も、全てを共有した。
湊斗にとって、灯里は唯一無二の存在だった。彼女がいなければ、はきっと生きていけない。そう思っていた。
湊斗は、数学が得意だった。複雑な数式を解くのが好きで、夜遅くまで机に向かっていた。灯里は、いつもの隣に寄り添い、の勉強を見守ってくれた。
「湊斗は、すごいね。私には、全然わからない。」
「そんなことないよ。灯里だって、得意なことがあるでしょ?」
「うーん、特にないかな。強いて言うなら、湊斗の世話を焼くことくらい?」
灯里の言葉に、湊斗は少し引っかかりを感じた。まるで、は彼女の依存対象であるかのように聞こえたからだ。
ある日、湊斗は、大学の進路について悩んでいた。数学の研究者になるか、それとも、教師になるか。どちらの道を選ぶべきか、決められなかった。
灯里は、の悩みを聞くと、すぐに答えた。「研究者になりなよ。湊斗は、研究者に向いていると思う。」
「でも、教師になるのも悪くないかなって…。」
「湊斗は、のことを一番に考えてくれると思っていたのに…。」灯里は、悲しそうな顔をした。
湊斗は、言葉を失った。灯里の期待を裏切ることは、にはできなかった。
湊斗は、灯里の勧める通り、数学の研究者の道に進むことを決意した。しかし、その選択は、を徐々に追い詰めていくことになる。
大学に入学すると、周囲は才能に溢れた人間ばかりだった。は、自分の才能の限界を感じ、焦り始めた。
研究室にこもり、一日中数式を睨みつける日々。それでも、思うような成果は得られなかった。
湊斗は、次第に精神的に不安定になっていった。夜眠れなくなり、食欲もなくなった。
そんなを見て、灯里は心配そうに言った。「無理しないで。少し休んだら?」
「大丈夫だよ。なら、できるから…。」
湊斗は、必死に数学に取り組み続けた。それは、もはや依存にも近い執念だった。
ある日、湊斗は、研究室で倒れた。過労によるものだった。
目を覚ますと、そこは病院のベッドの上だった。灯里が、の手を握っていた。
「湊斗…、大丈夫?」
「ごめんね、心配かけて…。」
「もう無理しないで。湊斗は、十分に頑張っているよ。」
灯里の言葉に、湊斗は涙が止まらなかった。彼女の優しさが、の心を癒してくれた。
しかし、その一方で、は彼女に対する依存を断ち切らなければならない、とも感じていた。このままでは、は彼女なしでは生きられない人間になってしまう。
湊斗は、退院後、灯里に自分の気持ちを打ち明けた。「は、君に依存しすぎている。これからは、少し距離を置きたい。」
灯里は、驚いた顔をした。「どうして?私じゃ、ダメなの?」
「そうじゃない。は、自分の力で生きていきたいんだ。」
「でも…、私は湊斗が必要なの。」
灯里の言葉に、湊斗は心を痛めた。しかし、は自分の決意を曲げなかった。
湊斗は、灯里との関係を少しずつ薄めていった。それは、にとって、非常につらい作業だった。
別れ際に灯里が何か言いたげだったけど、結局何も言わなかった。
灯里と距離を置くようになってから、湊斗は、新しいことに挑戦するようになった。新しい趣味を見つけたり、サークル活動に参加したり。
湊斗は、徐々に自信を取り戻していった。自分の力で、生きていける。は、そう確信した。
しかし、湊斗の心には、まだ深い傷跡が残っていた。それは、過去の親友、拓也(たくや)との関係から生まれたものだった。
中学時代、湊斗は、拓也といつも一緒にいた。二人は、まるで兄弟のように仲が良かった。
しかし、高校に入学すると、二人の関係は徐々に歪んでいった。湊斗は、拓也に依存するようになり、彼の言うことに何でも従うようになったのだ。
拓也は、そんな湊斗を面白がっていた。彼は、湊斗を自分の言いなりにして、様々なわがままを言うようになった。
湊斗は、拓也のわがままに応えることが、自分の存在意義だと信じていた。しかし、拓也の要求は、エスカレートする一方だった。
ある日、拓也は、湊斗に「お金を貸してほしい」と言った。湊斗は、自分の貯金を全て拓也に渡した。
しかし、拓也は、お金を返してくれなかった。それどころか、湊斗を馬鹿にするような態度を取り始めた。
湊斗は、拓也の変貌にショックを受けた。自分の全てを捧げてきた親友が、を裏切ったのだ。
湊斗は、拓也に依存していた自分を責めた。自分の弱さが、こんな事態を招いたのだ。は、もう二度と、誰にも依存しない。そう誓った。
その経験から、湊斗は対人関係に恐怖を感じるようになってしまって新しい友達を作ることができなくなっていたのだった。
新しい友達を作ってもどうせまた裏切られるんだろう…といつも考えてしまって行動に移せない。
しかし灯里と別れて少ししたころ、また大学で湊斗に話しかけてくれる人が現れた。
新しい友達の名前は翔太(しょうた)といった。数学科のとは別の学部に所属している学生だ。
翔太は誰にでも分け隔てなく接する明るい性格で、はそんな彼を見ているうちに少しずつ打ち解けていった。
そんなある日、と翔太が大学の食堂で昼食をとっていると、一人の男が近づいてきた。
男は、を見るなり、憎悪に満ちた目で睨みつけてきた。「湊斗…、お前、よくもを裏切ってくれたな!」
男は、拓也だった。中学時代、依存していた親友だ。
拓也は、に近づき、いきなり殴りかかってきた。不意を突かれたは、抵抗することができなかった。
「お前さえいなければ、はもっと幸せになれたんだ!」
拓也は、暴行を加え続けた。周りの学生たちは、ただ見ていることしかできなかった。
その時、翔太が、を庇うように前に出た。「やめろ!何をやってるんだ!」
翔太は、拓也に立ち向かった。しかし、拓也は、翔太も殴り倒した。
「邪魔するな!こいつは、の人生をめちゃくちゃにしたんだ!」
拓也は、をさらに殴りつけようとした。その時、一人の女性が割って入った。「やめてください!」
その女性は、灯里だった。と別れてからも、彼女はいつものことを気にかけてくれていたのだ。
灯里は、拓也を必死に止めようとした。しかし、拓也は、彼女を突き飛ばした。
灯里は、床に倒れ込んだ。それを見たは、激しい怒りを感じた。「やめろ!灯里に手を出すな!」
湊斗は、拓也に飛びかかった。今まで溜め込んできた感情が爆発した。
湊斗と拓也は、激しく殴り合った。しかし、は、拓也には勝てなかった。
拓也は、を一方的に殴りつけた。もう、これまでかと思ったそのとき、灯里が、近くにあった椅子を手に取り、拓也に殴りかかった。
灯里の行動に、拓也は怯んだ。その隙に、は立ち上がり、拓也を押し倒した。
警察が駆けつけ、拓也は逮捕された。湊斗と灯里は、病院に搬送された。
病院のベッドの上で、湊斗は、灯里に感謝の言葉を伝えた。「ありがとう、灯里。君がいなかったら、はどうなっていたことか…。」
「気にしないで。私は、湊斗が心配だったから…。」灯里は、優しい笑顔を見せた。
その日から、湊斗と灯里の関係は、以前とは少し変わった。二人は、お互いを依存するのではなく、支え合うようになったのだ。
湊斗は、数学の研究に打ち込みながら、翔太や灯里と楽しい日々を過ごした。過去のトラウマを乗り越え、新しい人生を歩み始めた。
拓也は、逮捕後、に手紙を送ってきた。そこには、後悔の言葉が綴られていた。
『あの頃のは、依存していたんだ。 がいなくなったら、は何もできなくなると思っていた。だから、支配しようとした。でも、それは間違いだった。 は、を傷つけただけだった…』
湊斗は、拓也の手紙を読み終えると、静かに目を閉じた。過去のは、まだ癒えていない。しかし、は、前を向いて生きていくことを決意した。
いつかまた数学が好きだったあの頃に戻れるように。新しい親友と、そして、いつも隣にいてくれる恋人と共に。
【あとがき ~元親友・拓也の視点~】
なぜこんなに湊斗を恨んでしまうのだろうか…。きっかけは些細な事だった。あいつがモテ始めたのが気に食わなかったんだと思う。いつもの隣にいて、を立ててくれる存在だったのに…。
あいつを殴った時、本当は止めて欲しかった。縋って欲しかった。でも、の目を見たあいつは、ただ悲しそうにしていた…。
暴力的な手段に走ったことは後悔している。でも、あの時、どうすればよかったのか、今でもわからない…。ただ、もう一度、あいつと笑い合える日が来ることを願うばかりだ。