螺旋の果てに見る光

Drama 14 to 20 years old 2000 to 5000 words Japanese

Story Content

空は鉛色に染まり、冷たい風が 数学 研究室の窓を叩いていた。窓辺に立つのは、高校三年生の結城 律(ゆうき りつ)。整った顔立ちをしているが、いつもどこか憂いを帯びている。手にはシャーペン。ノートには数式がびっしりと書き込まれているが、律の目は虚空を見つめていた。
(律の心)また、解けない…この問題は、僕を嘲笑っているのだろうか?才能がないのに、数学者 なんて…
彼は、小さい頃から 数学 に魅せられていた。数字の織りなす完璧なロジック、美しい秩序。しかし、周囲の期待、才能へのプレッシャーが、次第に彼を押し潰し始めていた。特に、父からの期待は重く、律の肩にのしかかっていた。父は有名な数学者で、息子にも同じ道を歩んでほしいと願っていた。
その夜も、律は夜遅くまで研究室にいた。時計の針は午前2時を指している。疲れ果てた律は、机に突っ伏した。すると、スマートフォンが震えた。画面には『花音』という文字。
(律の心)花音…。
律は迷ったが、電話に出た。「もしもし、花音?こんな時間にどうしたの?」
電話口からは、すすり泣く声が聞こえてきた。「律君…私…また…」
花音(かのん)は、律の幼馴染だ。明るく、誰からも好かれる少女だったが、家庭環境に問題を抱えていた。両親は不仲で、喧嘩が絶えない。花音はいつも一人で悩みを抱え、律に 依存 していた。律もまた、花音の存在に救われていた。彼女の笑顔が、律の心の闇を少しだけ照らしてくれるから。
律はため息をついた。「どこにいるの?今から行くから」
律は研究室を飛び出し、花音のいる公園へと向かった。公園のブランコに座り、膝を抱える花音を見つけた。
「花音…どうしたの?」律は花音の隣に座った。
花音は顔を上げ、潤んだ瞳で律を見つめた。「お父さんとお母さんが…また喧嘩して…私…もう…どうすればいいのか…わからない…」
律は花音をそっと抱きしめた。「大丈夫だよ。僕がいるから」
花音は律の肩に顔を埋め、泣きじゃくった。律は何も言わず、ただ花音の背中をさすった。花音の 依存 は、律にとって重荷でもあった。自分のことで手一杯なのに、いつも花音の面倒を見なければならない。しかし、花音を見捨てることはできなかった。彼女の苦しみが、痛いほどわかるから。
その夜、律は自分の部屋で、腕にカッターを当てていた。浅い傷が、いくつも重なっている。自傷 行為は、律にとって唯一の逃げ道だった。 数学 のプレッシャー、花音の 依存 、周囲の期待…それら全てから解放されるために、彼は刃を握った。
(律の心)ごめん…花音…僕も…もう…限界なんだ…
数日後、律は 数学 の特別講義に出席していた。講師は、有名な 数学 者である黒川教授。黒川教授は、律の才能を見抜き、個人的に指導していた。
黒川教授は、律に難しい問題を提示した。「この問題を解いてみなさい」
律は問題を見た。それは、今まで見たこともないほど複雑な問題だった。しかし、律の目は輝きを増した。彼の 数学 への情熱が、再び燃え上がった。
律は、夢中で問題を解き始めた。周りのことは何も聞こえない。ただ、数式と向き合い、思考を巡らせる。時間が経つのも忘れ、没頭した。
数時間後、律はついに答えにたどり着いた。「できました…」
黒川教授は、律の答案を見て、目を丸くした。「素晴らしい…君は、本当に才能がある」
黒川教授の言葉に、律は胸を熱くした。自分の才能が認められたことが、何よりも嬉しかった。しかし、同時に、不安も感じていた。 数学 への期待が、再び重くのしかかってくるのではないか…。
帰り道、律は花音と偶然会った。花音は、以前よりも少し元気そうだった。
「律君、最近、ありがとう。少し落ち着いたよ」花音は、そう言って微笑んだ。
律は、花音の笑顔を見て、安心した。「よかった…」
その時、花音は言った。「律君、あのね…私…」少し照れくさそうに「新しい友達ができたの。相談できる人ができたから…」
律は、花音の言葉に衝撃を受けた。花音は、もう自分に 依存 しなくてもいいのだろうか? 彼女が自立していくことは喜ばしいはずなのに、律の心には、どこか寂しさが広がっていた。
「そっか…よかったね」律は、そう言うのが精一杯だった。
花音は、「うん、ありがとう。でも、律君のことは…」と、何かを言いかけたが、言葉を濁した。
律と花音の間には、しばらく沈黙が流れた。お互いに、何を言えばいいのかわからなかった。
別れ際、花音は、律に向かって言った。「律君、あのね… 律君のこと…その… 大好きだよ」
花音の言葉に、律は顔を赤らめた。 恋愛 感情など考えたこともなかった律にとって、それは予想外の告白だった。
(律の心)大好き…? これは… 依存 なのか? それとも… 恋愛 なのだろうか…?
律は、花音の背中を見送りながら、自問自答した。今まで、花音の 依存 に応えることで、自分の存在意義を見出していた。しかし、彼女が自立していくことで、自分は何をすべきなのだろうか?
数日後、律は黒川教授に呼び出された。「律君、君に、ある提案がある」
黒川教授は、律に海外の 数学 コンテストへの参加を勧めた。「君の才能なら、必ず世界で通用する」
律は迷った。海外に行くことは、大きなチャンスである。しかし、花音のことを考えると、簡単には決断できなかった。
「少し、考えさせてください」律は、そう言って研究室を後にした。
その夜、律は再び、自室で 自傷 行為をしていた。しかし、今回は、いつもと違っていた。刃を握りしめながら、涙が止まらなかった。
(律の心)僕は…どうすればいいんだ… 数学 者になるべきなのか? 花音と一緒にいるべきなのか? それとも…このまま 自傷 を続けて、消えてしまうべきなのか…?
ふと、スマートフォンが震えた。画面には『花音』という文字。律は、ためらいながらも電話に出た。「もしもし?」
電話口から、花音の声が聞こえた。「律君…私…やっぱり…律君が必要だよ…」
律は、息を呑んだ。花音の言葉は、彼を再び 依存 の淵に引きずり込もうとしているのだろうか? それとも、彼女の本心なのだろうか?
「私…律君がいなくなったら…また…一人ぼっちになっちゃう…」花音の声は、震えていた。
律は、決心した。「花音、わかった。僕は、君のそばにいるよ」
律は、黒川教授に電話をかけた。「教授、すみません。海外のコンテストには参加しません」
黒川教授は、落胆した声で言った。「そうか…残念だが、君の決意を尊重する」
律は、電話を切った。彼の心には、複雑な感情が渦巻いていた。 数学 への夢を諦めたことへの後悔。しかし、同時に、花音のそばにいるという安心感。
それから、数年後。律は、 数学 研究者ではなく、高校教師になっていた。生徒たちに 数学 の楽しさを教える毎日。傍らには、花音が寄り添っていた。彼女は、昔の 依存 体質から抜け出し、自分の夢を追いかける、自立した女性になっていた。
二人は、互いに支え合い、愛し合い、幸せな日々を送っていた。律は、時々、あの時の決断を後悔することもあった。 数学 者としての才能を開花させていたら… 世界は変わっていただろうか…。
しかし、花音の笑顔を見るたびに、律は思った。これでよかったのだと。 依存 から始まった二人の関係は、 恋愛 を経て、固い絆へと変わった。そして、律は、 数学 だけでなく、人生においても、大切なものを見つけたのだ。
ある日、二人は公園を散歩していた。夕焼け空の下、ブランコに腰掛ける花音に、律はそっと語りかけた。「あの時…君に出会えて…本当によかった」
花音は、律の言葉に微笑み、そっと手を握った。「私もだよ、律君」
二人は、夕焼け空の下、寄り添い合った。過去の 自傷 の傷跡も、 数学 への未練も、全てを受け入れ、未来へと歩んでいく。螺旋の果てに見た光は、確かに、二人の心を温かく照らしていた。