螺旋階段の彼方へ

Drama 14 to 20 years old 2000 to 5000 words Japanese

Story Content

空はどんよりと曇り、まるで数学の難解な数式のように、複雑に絡み合っていた。17歳の湊は、いつも決まって屋上にいた。そこは、彼にとって唯一の逃げ場所だった。眼下には、生徒たちの騒がしい声が聞こえる。彼らの楽しげな様子が、逆に湊の孤独を際立たせた。
湊は、飛び降り自殺の名所として知られる屋上の柵に凭れ、爪を噛んでいた。いつも通りのように自傷衝動と闘っていた。
彼の視線の先には、いつも決まって同じ景色があった。古びたアパート、騒がしい商店街、そして、一人の少女。その少女の名は、恋愛沙織。
沙織は、湊にとって特別な存在だった。いや、むしろ、依存していると言った方が正しいのかもしれない。沙織は、湊の才能を誰よりも信じていた。彼女は、「湊君なら、きっと素晴らしい数学者になれる」と、いつも励ましてくれた。沙織の言葉が、湊の心を支え、希望の光を灯してくれた。
しかし、湊は、その依存関係に苦しんでいた。沙織の期待に応えたい。だが、自分の才能には限界があるのではないか。努力しても、結果が出ないのではないか。そんな不安が、湊の心を蝕んでいた。また、世間の偏見も苦しめていた。美しい少女に過剰に依存しているという、世間の冷たい目。
ある日、湊は、沙織と初めて会った時のことを思い出していた。図書館で数学書を読み耽っていた湊に、沙織が声をかけたのがきっかけだった。
「あの、それ、面白いですか?私も数学に興味があるんです」
沙織の明るい笑顔に、湊は一瞬にして心を奪われた。沙織と数学の話をしているうちに、湊は、自分が今まで感じたことのない感情に包まれていることに気づいた。それは、友情なのか、恋愛なのか、それとも… 依存なのか?
湊は沙織との関係に頭を抱え、複雑にこんがらがっていた。
初めて会って以来、二人はいつも一緒にいた。学校でも、放課後も、休日も。湊は、沙織といる時間が何よりも幸せだった。だが、その幸せは、同時に、湊を依存という名の底なし沼へと引きずり込んでいった。
ある雨の日の放課後、湊は沙織に告白することを決意した。屋上で待ち合わせをして、湊は自分の想いを打ち明けようとした。
しかし、沙織は、湊の言葉を遮って言った。「湊君、ごめんなさい。私、好きな人がいるの」
湊の心は、雷に打たれたように衝撃を受けた。頭の中が真っ白になり、何も考えられなくなった。沙織への想いは、恋愛だったのか?それともただの依存だったのか? 今となってはもう、分からなかった。
沙織の言葉が、湊の自傷衝動を激しく煽った。彼は、咄嗟に近くにあった石を拾い上げ、自分の腕に叩きつけた。鮮血が、湊の白い制服を染めていく。
その時、沙織が、湊の手を掴んだ。「湊君、何をやってるの!?ダメだよ、そんなこと!」
沙織の悲痛な叫びに、湊は我に返った。自分の愚かさに気づき、激しく後悔した。沙織への恋愛感情と依存心が爆発したのだ。
「ごめん…ごめんね、沙織」湊は、涙ながらに謝罪した。
沙織は、湊を抱きしめた。「湊君、一人で抱え込まないで。辛い時は、いつでも私を頼って」
沙織の言葉に、湊は救われた気がした。彼女の温もりが、凍り付いた心を溶かしていくようだった。依存が少しずつほどけていくのを感じた。
しかし、現実はそう簡単には変わらない。沙織が好きな人と結ばれても、沙織を慕う気持ちがなくなることは無い。
翌日、湊は学校を休んだ。一日中、部屋に閉じこもり、自分の過去と向き合っていた。父親の依存症、母親の蒸発、幼い頃の孤独な生活。湊の心には、深い傷跡が残されていた。
そして、彼はある決意をする。沙織のいない世界で、自分の力で生きていくこと。自分の才能を信じ、数学者として生きていくこと。そして、いつか、沙織に胸を張って会えるような人間になること。
数年後、湊は、有名な数学者になっていた。国内外の学会で活躍し、数々の賞を受賞していた。彼は、自分の研究室で、難しい数式と格闘していた。窓の外には、昔と変わらない街並みが広がっている。しかし、湊の心は、もう孤独ではなかった。研究室には、志を同じくする仲間たちがいた。そして、彼の心の中には、いつも沙織がいた。彼女は、湊にとって、特別な存在であり続けた。決して恋愛対象としてでは無い。
ある日、湊は、学会で沙織と再会した。沙織は、美しい女性になっていた。彼女は、湊の成功を心から喜んでくれた。「湊君、すごいね!本当に、おめでとう!」
湊は、沙織に笑顔で答えた。「ありがとう、沙織。君のおかげだよ」
二人は、昔のように、数学の話をした。そして、別れ際、沙織は、湊に言った。「湊君、これからも頑張ってね。ずっと応援してるから」
湊は、沙織の言葉を胸に、再び研究に没頭した。彼の心は、希望に満ち溢れていた。過去の傷跡は、消えないかもしれない。だが、彼は、その傷跡を抱えながら、前を向いて生きていくことを決意した。螺旋階段を登るように、一歩ずつ、自分の夢に向かって進んでいくことを。
湊は、自分の依存体質と向き合い、克服しようとしていた。カウンセリングに通い、自分の弱さと向き合った。そして、彼は、ついに自傷行為を克服することができた。湊は、自分自身を愛することができるようになったのだ。
それから数年後、湊は大学教授として教鞭を執っていた。湊の研究室からは優秀な数学者が次々と生まれている。そして、湊は、今でも沙織と友人として交流を続けている。
湊は過去の経験を活かし、学生たちの心のケアにも力を注いでいた。彼は学生たちに言った。「誰かに依存することは悪いことじゃない。だけど、依存しすぎると、自分を見失ってしまう。だから、自分の足で立ち、自分の力で生きていくことが大切なんだ」
湊の言葉は学生たちの心に響いた。彼らは湊を尊敬し、彼のようになりたいと願った。湊は、自分の人生を通して、多くの人々に勇気を与えた。
夕焼け空の下、湊は研究室の窓から街を見下ろしていた。過去の苦しみは、もう彼の心にはなかった。彼は、自分の人生に誇りを持っていた。そして、彼は、これからも数学者として、人として、成長し続けていくことを誓った。