Drama
14 to 20 years old
2000 to 5000 words
Japanese
春の光が教室の窓から差し込み、埃が舞うのが見えた。16歳の僕は、いつものように数学の教科書を睨んでいた。数列の漸化式が、まるで僕自身の複雑な感情を映し出しているようだった。
振り向くと、恋愛対象と言える存在、同じクラスの彩花(あやか)が、困った顔で僕を見つめていた。彼女の長い黒髪が、光を浴びてきらきらと輝いていた。彩花は僕にとって、なくてはならない存在だった。いや、依存と言った方が正しいかもしれない。
「ああ、ここね…」僕はペンを取り、漸化式の解き方を丁寧に説明した。彩花は真剣な眼差しで僕の話を聞き、時折質問を挟む。彼女の理解が深まる度に、僕の心は満たされていった。
彩花と出会ったのは、中学二年生の時だった。僕は人間関係が苦手で、いつも一人でいた。そんな時、彼女が声をかけてくれたのだ。彼女の明るさと優しさに触れるうちに、僕は彼女なしでは生きていけないと思うようになった。
しかし、僕の気持ちは彩花に対する恋愛感情だけではなかった。依存。僕は彼女の笑顔、彼女の存在そのものに依存していた。彼女がいなくなれば、僕はきっと壊れてしまう。そう思っていた。
放課後、僕たちはいつものように、近くの公園に向かった。春風が心地よく、桜の花びらが舞い散っていた。彩花はブランコに乗り、楽しそうに笑っていた。
僕は少し考えた。「僕は…数学者になりたい。難しい問題を解くのが、一番楽しいから。」
彩花は目を丸くした。「数学者!すごいね!私には絶対無理だわ。」
彩花は少し寂しそうな顔をした。「私は…まだ分からない。優斗みたいに、何か熱中できるものが見つからないんだ。」
その言葉を聞いて、僕は胸が痛んだ。彩花の依存を受けながらも、自分ばかり夢を追いかけているのではないか、そう思ったのだ。
高校三年生になり、進路を決める時期が近づいていた。僕は当然のように数学科のある大学を目指していたが、彩花は進路について何も言わなかった。
ある日、僕は彩花の家に向かった。彼女の母親から、彩花が最近ずっと塞ぎ込んでいると聞いたからだ。インターホンを押すと、彩花が顔を出した。
「どうしたの?何かあった?」僕は心配そうに尋ねた。
彩花は俯いたまま、小さな声で言った。「私…優斗の依存になっちゃってるのかなって…。」
僕は息を呑んだ。まさか、彩花が僕の気持ちに気づいていたとは。
「ごめん…そんなつもりはなかったんだ。でも、彩花がいないと、僕は…」
「優斗は優しいから…いつも私のことを気にかけてくれる。でも、私、優斗のせいで、自分のやりたいことを見つけられない気がするの。いつも優斗に合わせてばかりで…」彩花の目から涙がこぼれ落ちた。
僕は何も言えなかった。彼女の言う通りだった。僕は彼女を依存させている。彼女の自由を奪っている。
その言葉は、僕の心臓を刺し貫いた。彩花がいなくなったら、僕はどうすればいいんだ?不安と恐怖が、僕の心を押し潰した。
「わかった…」僕は絞り出すように言った。「でも…もし、何かあったら、いつでも僕を頼って。」
彩花は小さく頷き、ドアを閉めた。僕は立ち尽くしたまま、桜の花びらが舞い散るのを見つめていた。
彩花との距離ができてから、僕は自傷行為をするようになった。カッターナイフで自分の腕を切ることで、心の痛みをごまかそうとしたのだ。血が流れ出るのを見ると、少しだけ心が落ち着いた。
ある日、僕は数学の研究室で、難しい問題を解いていた。数時間も没頭していたため、周囲の音は全く聞こえなかった。しかし、ふと、腕の痛みに気づいた。カッターナイフで切った傷跡が、ズキズキと痛んだのだ。
その時、僕は自分の愚かさに気づいた。彩花の依存を断ち切ろうとしたのは、彼女のためだったはずだ。それなのに、僕は自傷行為で、彼女を傷つけようとしている。
僕はペンを置き、立ち上がった。そして、研究室を飛び出した。向かう先は、彩花の家だった。
インターホンを鳴らすと、彩花が顔を出した。彼女は少し驚いたような表情をしていた。
「どうしたの?何かあった?」彩花は心配そうに尋ねた。
「ごめん…彩花。僕が悪かった。君の気持ちを考えずに、自分の依存ばかりを押し付けて…。」
僕は自分の腕を見せた。傷跡を見て、彩花の顔色が変わった。
「ごめん…彩花を苦しめたくなかったのに…結局、君を傷つけてしまった。でも、もう二度としない。君との関係を、もっと対等なものにしたい。」
彩花は僕を抱きしめた。そして、小さな声で言った。「私もごめんね。優斗のこと、誤解してた。優斗はただ、私と一緒にいたかっただけなんだよね。」
僕たちはしばらく抱き合ったまま、何も言わなかった。ただ、互いの温もりを感じていた。そして、ゆっくりと顔を上げ、互いの目を見つめ合った。
その時、僕は初めて、彩花に対する感情が恋愛と依存だけではないことに気づいた。僕たちは互いを尊重し、支え合うことができる。そんな関係を築いていける、そう思った。
春は過ぎ、夏が来た。僕たちは互いの夢を応援し合いながら、少しずつ大人になっていった。彩花は自分のやりたいことを見つけ、僕は数学者になるという夢を追い続けている。螺旋階段のような僕たちの関係は、まだ始まったばかりだ。