雨の日の訪問者

Mystery 35 years old and up 100 to 300 words Japanese

Story Content

しとしとと降り続く雨の午後、古びた洋館のチャイムが鳴った。
探偵の伊織は、重い溜息をつきながら玄関の扉を開けた。
そこに立っていたのは、びしょ濡れの初老の婦人だった。
「先生、助けてください。夫が…夫が消えてしまったんです。」婦人の声は震えていた。
夫は著名な画家だったが、最近は鬱屈として、アトリエに閉じこもりがちだったという。
伊織は婦人を応接間に通し、詳しい話を聞いた。
昨日、いつものようにアトリエに食事を運んだ際、夫は絵筆を握ったまま、まるで煙のように消えていたのだという。
アトリエには、描きかけのキャンバスだけが残されていた。
伊織はアトリエを調べた。
密室状態だったアトリエには、他に誰かが侵入した形跡はなかった。
しかし、キャンバスに描かれた絵を見て、伊織は息をのんだ。
そこには、消えゆく男の姿が描かれていたのだ。
雨は一層強く降りしきり、洋館全体を静寂が包み込んでいた。
伊織は、深い霧の中に足を踏み入れるような、言いようのない不安を感じていた。