雨上がりのカフェテラスで

Drama 21 to 35 years old 2000 to 5000 words Japanese

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雨上がりの午後のカフェテラス。湿った空気と、わずかに残る雨の匂いが混ざり合っていた。窓際の席に座る涼太(りょうた)は、運ばれてきたばかりのアイスコーヒーをゆっくりと口に運んだ。彼は28歳、都内の小さなIT企業でシステムエンジニアとして働いている。
今日の涼太は、いつもよりも少し緊張していた。理由は、まもなくやってくる女性、美咲(みさき)との待ち合わせだ。二人は、共通の友人を通じて知り合った。初めて会ったのは、一ヶ月前の飲み会だった。
カフェのドアが開いた。美咲が入ってきた。涼太は思わず息を呑んだ。美咲は、白のワンピースを着て、長い髪をなびかせながら、涼太の席に近づいてきた。
「ごめんね、少し遅れた?」美咲は、涼太の向かいの席に座ると、申し訳なさそうに言った。
「ううん、大丈夫。僕も今来たところだよ」涼太は、少しどもりながら答えた。
二人は、アイスコーヒーを飲みながら、しばらく他愛もない話をした。美咲は、明るく、誰とでもすぐに打ち解けられるような性格だった。涼太は、そんな美咲に、いつの間にか惹かれていた。
「涼太くんは、何か趣味はあるの?」美咲が尋ねた。
「趣味か…。最近は、あまり何もできていないんだ。仕事が忙しくて」涼太は答えた。「昔は、ギターを弾いたり、写真を撮ったりしていたんだけど」
「ギター!素敵。今度聞かせてよ」美咲は、目を輝かせながら言った。
その言葉に、涼太の心臓は高鳴った。彼は、美咲に、もっと自分のことを知ってほしいと思った。
しかし、涼太には、誰にも言えない過去があった。それは、大学時代に、親友だった拓也(たくや)との関係に起きた出来事だ。涼太は、拓也に対して、極度の依存を抱いてしまっていた。拓也のことばかり考え、いつも一緒にいることを望み、彼の些細な言動に一喜一憂していた。
拓也は、そんな涼太の依存を重荷に感じ始めていた。彼は、涼太に対して、距離を置くようになった。涼太は、拓也の変化に気づきながらも、どうすることもできなかった。彼は、拓也がいなくなることが、何よりも怖かったのだ。
そして、ある日、拓也は、涼太に、はっきりと告げた。「もう、お前とは一緒にいられない」
その言葉は、涼太にとって、自傷行為に走るほどの大きな衝撃だった。彼は、拓也を失った悲しみと、自分自身に対する嫌悪感で、押しつぶされそうになった。それ以来、涼太は、他人との深い恋愛依存関係を極度に恐れるようになった。彼は、誰かと親しくなっても、いつもどこかで、裏切られるのではないか、見捨てられるのではないかと、不安に感じていた。
美咲との会話の中で、涼太は、何度も過去の出来事を思い出した。美咲の笑顔を見るたびに、彼は、恋愛感情と、恐怖心が入り混じった複雑な感情に囚われた。
「涼太くん、どうしたの?何か考え事?」美咲が、心配そうに尋ねた。
「ああ、ごめん。少しぼうっとしてた」涼太は、慌てて答えた。「実は、美咲さんと話していると、とても楽しいんだけど…。その…、少し怖い気持ちもあるんだ」
美咲は、涼太の言葉に、少し驚いたようだった。彼女は、涼太の目をじっと見つめながら言った。「怖い?何が怖いの?」
涼太は、しばらく躊躇した後、意を決して、過去の出来事を美咲に打ち明けた。彼は、拓也との関係、依存してしまったこと、そして、拓也に捨てられた時の心の傷について、全てを正直に話した。
美咲は、涼太の話を、黙って聞いていた。彼女の表情は、優しさに満ちていた。涼太の話が終わると、美咲は、そっと涼太の手を握った。
「辛かったね、涼太くん。でも、過去は過去だよ。それに、涼太くんは、もう一人じゃない。私がいるよ」美咲は、涼太を見つめながら言った。
美咲の言葉に、涼太の目から、涙が溢れ出した。彼は、初めて、誰かに心から理解されたように感じた。そして、彼は、美咲に対して、今まで感じたことのない安心感を覚えた。
涼太は、美咲との関係を、ゆっくりと築いていくことを決意した。彼は、過去のトラウマに囚われず、美咲を信じ、自分自身を信じて、前に進んでいこうと決めたのだ。
それから数ヶ月後。涼太と美咲は、恋人として、幸せな日々を送っていた。涼太は、美咲のおかげで、少しずつ過去の傷を癒し、他人との恋愛関係に対する恐怖心を克服していった。
しかし、過去は、そう簡単に消えるものではなかった。ある日、涼太は、街中で偶然、拓也に再会してしまったのだ。
拓也は、涼太を見るなり、顔を歪めた。「お前か…」彼は、憎しみに満ちた目で、涼太を睨みつけた。
涼太は、恐怖で身がすくんだ。彼は、拓也に何をされるか、想像もできなかった。
「お前のせいで、俺の人生はめちゃくちゃになったんだ!お前は、俺から全てを奪った!」拓也は、叫んだ。
涼太は、何も言い返すことができなかった。彼は、自分が拓也を傷つけたことを、深く後悔していた。
拓也は、涼太に近づき、殴りかかろうとした。しかし、その時、美咲が、二人の間に割って入った。
「やめてください!涼太くんに、一体何の恨みがあるんですか!」美咲は、拓也を睨みつけながら言った。
拓也は、美咲の迫力に、一瞬たじろいだ。しかし、すぐに、怒りを露わにした。「お前は誰だ!どけ!こいつは、俺の人生を壊したんだ!」
「涼太くんは、何も悪いことをしていません。あなたが一方的に恨んでいるだけです!」美咲は、怯むことなく言い返した。
拓也は、さらに激昂し、美咲に手を上げようとした。しかし、その瞬間、涼太が、拓也の手を掴んだ。
「やめてくれ、拓也。もう、やめてくれ」涼太は、涙ながらに言った。「全て、僕が悪かった。ごめん」
拓也は、涼太の言葉に、言葉を失った。彼は、涼太の顔をじっと見つめた後、悔しそうに舌打ちをして、その場を立ち去った。
涼太は、美咲に支えられながら、家に帰った。彼は、その夜、眠ることができなかった。拓也の言葉が、何度も頭の中でリフレインした。
翌日、涼太は、美咲に相談し、弁護士に相談することにした。彼は、拓也から身を守るために、法的手段を取ることに決めたのだ。
弁護士は、涼太の話を聞き、拓也の行動が、自傷行為を誘発する恐れのある、深刻なハラスメントにあたると判断した。彼は、拓也に対して、接近禁止命令を出すように、裁判所に申し立てることにした。
裁判所は、弁護士の申し立てを認め、拓也に対して、涼太への接近を禁止する命令を出した。拓也は、それに逆らい、何度か涼太に接触しようとしたが、警察によって阻止された。
涼太は、美咲と協力して、拓也の問題に、粘り強く立ち向かった。彼は、美咲の助けを借りながら、少しずつ過去のトラウマを克服し、新たな一歩を踏み出していった。
拓也の一件以来、涼太は、ますます美咲への愛情を深めていった。彼は、美咲の存在が、自分の人生にとって、かけがえのないものだと確信するようになった。
そして、一年後。涼太は、美咲にプロポーズした。美咲は、涙を流しながら、喜んでプロポーズを受け入れた。
二人は、小さな結婚式を挙げた。涼太の友人や家族、そして、美咲の友人たちが、二人の門出を祝福した。涼太は、結婚式のスピーチで、美咲への感謝の気持ちを述べた。
「美咲さん、ありがとう。君のおかげで、僕は、過去のトラウマを克服し、新しい人生を歩むことができました。君は、僕にとって、光です。これからも、ずっと一緒にいようね」涼太は、涙を堪えながら言った。
美咲は、涼太の言葉に、感動して涙を流した。彼女は、涼太の手を握り、力強く頷いた。
涼太と美咲は、これからも、互いを支え合いながら、幸せな家庭を築いていくことだろう。彼らの愛は、過去の傷を癒し、未来を照らす光となるだろう。